人間は太古の昔より、ラグジュアリーを必要としてきました。
 時代により、文化により、また個人の知覚により、何をラグジュアリーとみなすかは異なり、世界で一致した定義はないのですが、〈誘惑的で、時代や人を輝かせる豊かなもの〉であったことは、ほぼ共通しています。時代の変化の要請に合ったラグジュアリーが新しい文化をつくり、次の時代を導いてきました。

 1980年代の終わりから1990年代に、グローバル資本主義が発達し、ヨーロッパが支配力を持つラグジュアリーコングロマリットが形成され、ラグジュアリーといえば富裕層を対象とする付加価値の高い高級品ビジネスととらえられているのが現状です。しかし、そのような産業はたかだかこの30年ちょっとで形成されたものにすぎず、しかも、時代の大きな変わり目となる現在、ラグジュアリーが意味するものは急速に変わりつつあります。近未来のあるべき社会、こうあってほしい文化にふさわしいラグジュアリーとは何なのか、あらゆる角度から可能性を探っていこうと試みるのがこの連載のテーマです。

 さて、早速ですが、ラグジュアリーの反対語は何でしょうか? 

 デザイナーのココ・シャネルは、「バルガー」だと言います。卑俗とか下品と訳されますが、自分ではないものになろうとすること、美意識を欠いていること、というニュアンスがあります。

 そう書くと、バルガーという語の悪いイメージが際立ちますが、必ずしもそうではないのが面白いところなのです。1960年代にミニスカートを発明したデザイナー、マリー・クワントは、こう言います。「よい趣味なんて死んだも同じ。バルガーであることこそが人生よ」。シャネルは膝を「醜い」とみなしてミニスカートを嫌いましたが、クワントは、不作法で下品とされた膝を出し、ミニスカートを大流行させ、世界を制覇します。変えたのは丈だけでなく、ヘア、メイク、ショーのやり方、モデルのあり方、写真、広告、インテリア、女性観、社会に向き合う態度まで。その結果、生まれた新しい文化は、時代そのものを大きく変えました。

 下品さを嫌い、20世紀のラグジュアリーの新しい基準を作ったココ・シャネル。
 下品とされるものを利用し、その固定観念を打ち破って時代を変えたマリー・クワント。

 対極のような考え方からスタートし、まったく違う方向のファッションで成功した二人のデザイナーですが、共通することがあります。自分の感覚や願望に忠実に生き、世の中の慣習が自分と合わないと思えば従わず、価値観を転覆して女性が生きやすい新しい世界を切り開いたこと。二人とも、後世に語り継がれるオリジナルで豊饒な人生を生きています。「羅針盤」のヒントはこのあたりにもありそうです。

中野香織/なかの・かおり 富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆を行うほか企業の顧問を務める。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。著書多数。最新刊『英国王室とエリザベス女王の100年』(君塚直隆氏との共著、宝島社)発売中。