娘の誕生日は三月三日。一歳の誕生日と初節句を同じ日に迎えることになる。当日はグループホームの母にも自宅に来てもらって、親族みんなでお祝いをした。
 その二日後の月曜日、娘は初めて保育所に登園した。朝、妻に連れていかれて、最初は泣いたが、そのうち眠り、あとはおとなしくしていたようだ。とりあえずはホッとする。

 ちょうどその週の木曜日に、娘は、麻疹風疹・水痘・ヒブ・肺炎球菌の予防接種を受けた。医師からは熱が出るかも知れないと言われたが、その通り、その日の深夜、発熱があった。翌日は保育所に行かせたが、午前中、妻に電話が入り、熱があるので迎えに来るように言われた。予防接種を受けた総合病院の小児科に問い合わせたが、本人が元気ならば、特に何もしなくてよいとのことだった。


 ところが、今度は娘を引き取ってきた妻の方が風邪で熱を出してしまった。急遽、妻の実家のお母さんに来ていただいて、娘の世話をお願いする。翌土曜日、妻は検査の結果、インフルエンザではなかったものの、熱、喉の痛みといった風邪症状がひどく、感染を防ぐため、妻のお母さんに、娘を実家に連れて行ってもらった。その晩は私と妻の二人で過ごしたが、テレビ電話越しの娘はずっと泣いていた。

 翌日曜日、妻の実家から電話があり、娘の熱が引かず、鼻水も出始めたとのこと。これはもう予防接種の副反応ではなく、感染症に違いない。私たちはすぐに妻の実家に向かう。妻は、娘が心配で、自分の風邪など吹き飛んだ様子だった。診てもらったところ、様子見でよく、授乳もしてよいとのことだった。娘はいつにも増して、母親にしがみつき、おっぱいに吸い付く。一晩引き離されて、よほど寂しかったのだろう。
 翌月曜日の勤務中、妻から電話があり、娘は熱は引いたが、顔に発疹が出たという。私は育児書で読んだ「突発性発疹」ではないかと気付き、もしそうなら、自然に治るので、治療の必要がないことを妻に伝えた。


 水曜日になって、妻と娘は自宅に戻ってきたが、翌木曜日の深夜、娘が急にゴホゴホと深い咳をして起き出す。体を立てて抱っこするとおさまるが、布団に寝かすと、しばらくしてまた咳き込んで目を覚ます。♯8000の小児救急電話にダイヤルして相談する。咳で全く眠れなかったり、授乳もできなかったり、吐いたりしない限りは、様子見でよいとのこと。タオルで枕を作って、上体を少し起こして寝かすと少しおさまるが、それでも何度か咳き込んで起きた。

 熱はないので保育所には行かせたが、夜間の咳が続くので、土曜日に小児科の開業医のところへ連れて行って診てもらう。診断の結果、風邪で、鼻水が喉に垂れて咳が出るのだということだった。そして、予防接種・突発性発疹・今回の風邪の三つは、それぞれ全く無関係で、免疫が落ちているところを風邪に感染したのだろうと言われた。粉の薬を出してもらったが、嫌がるので、薬をゼリーにして飲みやすくする粉末など買ってきて、苦労して飲ませる。


 生まれて一年、全く病気をしなかった娘が、保育所に入った途端、立て続けに感染症にかかった。軽症だが、私たちは初めてのことでひどく気を揉み、右往左往した。治りかけた頃、娘はふいに「アンパンマン」と発声した。初めての「言葉」だった。

「アンパンマン」小声なれどもはつきりと      
「アンパンマン」と子は言ひにけり

 

◆高島 裕(たかしま・ゆたか)◆


1967 年富山県生まれ。
立命館大学文学部哲学科卒業。
1996年「未来」入会。岡井隆氏に師事。
2004 年より8年間、季刊個人誌「文机」を発行。
第1歌集『旧制度』(第8回ながらみ書房出版賞受賞)、『薄明薄暮集』(ながらみ書房)などの著書がある。
第5歌集『饕餮の家』(TOY) で第18 回寺山修司短歌賞受賞 。
短歌雑誌『黒日傘』編集人。[sai]同人。
現代歌人協会会員。