30代はそれぞれ忙しくしていた友人たちと、このところ集まる機会が増えている。先日、そのうちの1人が「自分はもう『何者』にもなれない」と何気なくつぶやいた。私はすぐに応えられず、それ以降「何者」という言葉の意味を考えている。
『ジェイ・ケリー』は、有名な映画俳優と、献身的なマネジャーの2人がヨーロッパを巡り、これまでの決断や大切な人々との関係など、互いの人生を振り返るロード・ムービー作品。
ジェイ・ケリーは、昔気質なハリウッドスター。有名で人気もあるが、私生活では仕事を優先した結果離婚し、長女とは疎遠で、高校卒業を控える次女・デイジーも最近はあまり相手にしてくれず悩んでいた。ジェイは、ある訃報をきっかけにイタリアの映画祭の功労賞授賞式に家族と出席することを思いつき、スタッフを引き連れヨーロッパへ旅に出る。

華やかな日常から距離を置いたジェイは、映画以外の多くの時間も「スター」という役割を演じており、旅先で「自分はいったい『何者』なのか」という不安に陥ってしまう。ジェイは、これまでの人生を振り返ることでその手掛かりを得ようとする。
ジェイの周りには献身的なマネジャーやスタッフなど、常にたくさんの人がいる。乗り込んだ列車では大勢のファンたちに囲まれる。そんなジェイにデイジーが言い放つ「いつも誰かといる」という言葉は、「いつも誰かを演じている」と同義語ではないだろうか。演技で手に入れたものは心を満たしてくれず、演技を優先することで離れた人や愛情が、今の彼にとって必要とするものというのは皮肉な話だ。
旅が進むにつれ、ジェイの周りからはどんどん人がいなくなる。「自分自身でいることは難しい」と言っていた彼が、最後に唯一本音を語ることができたのは家族ではなく、とある友人だった。控室で身支度を整え、友人がメイクを施し「ジェイ・ケリー」になっていく。
切なくもあるが救いもあるこのシーンを観て、冒頭の友人に「あなたが『何者』であってもなくても、友情はずっと変わらないよ」と言ってあげようと心に留めた。
