ラグジュアリーホテル、と聞いてどんなホテルを連想しますか? フォーブス5つ星。一泊10万円超。何不自由ない贅沢なサービス。非日常の極楽空間。

 そんなイメージは根強いですね。先日も、ホテル業界のトップセミナーでラグジュアリーをテーマにした講演をさせていただいたのですが、多くの総支配人が、「高単価客を取り込むのがラグジュアリーホテル」と定義づけていることを知りました。なので、総支配人たちが一番知りたかったことが、「富裕層に気に入られるにはどうしたらよいのか?」ということでした。知りませんよ、そんなこと(笑)。

 

 「富裕層に受けそうな」投資をすることで持続的なホテルの成功が見込めればよいですが、そう単純な話でもないようです。なかには、「想定したようなお客様とは全く違う雰囲気のお客様に困惑することもあり…」と遠回しな表現でスタッフの疲弊を語られた支配人もいらっしゃいました。ラグジュアリーホテル=大金を落とす客を迎えるホテル、と線引きしてしまうと「金さえ出せば何しても」という資本主義の論理が支配的となり、そこで働く全ての人が幸福を感じられるような未来は遠くなります。

  そういう旧型ラグジュアリーカテゴリーのホテ ルがあってもいいでしょう。ただ、お金やエネルギーが集まるカテゴリーだからこそ、新しい価値観を盛り込んでホテル独自の文化を発信する力を発揮できることに気づいていただきたいところです。総支配人や経営者は、「私たちはこんな価値を提供します」という志や理念を立て、それに沿ったサービスを展開することで、ゲストに迎合するのではなくむしろ啓蒙することが可能なのです。その志に共感するふさわしいゲストがリピートしたり新しいゲストを紹介してくれたりして、結果、スタッフも幸福に働くことができるのが望ましい循環ではないでしょうか。

 

 インドネシアの「ニヒ・スンバ」などはその好例で、経済発展からとり残されている地域にラグジュアリーリゾートを作り、地元ごと包摂して観光客からの利益を平等に共有することで、地域全体の発展に寄与しています。その理念に感化され、共鳴するゲストが、不便でも訪れ、寄付をしたりしていきます。

 ラグジュアリーカテゴリーでなくても、ホテル側が志を立て、一貫したテイストに基づくサービスを展開し、それによってゲストを啓蒙し、ファンにさせることに成功しているホテルもあります。ライフスタイルホテルというカテゴリーで散見されますが、「ニッコースタイル名古屋」も その一例です。外側がそっけなくて不安にすらなるのですが、中に入ると地元の伝統産業に基づくインテリア製品が飾られ、総支配人がこだわる「音楽とコーヒー」への愛が貫かれたサービスがあり、最新のアメニティでトレンドを教えてくれます。ラウンジでは文化的な催しも行われ、地元カルチャーの発信地としても機能しています。

 ホテルに来てほしいゲストを想定するとき、まずは自分たちの志を発信することが先でしょう。ホテルは本来、ゲストとスタッフがともに空気を創り上げる場所。理念をコアにして、次の新しいホテル文化が生まれていきます。人と人との関係も同じですね。

 

 

 

中野香織/なかの・かおり 富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆を行うほか企業の顧問を務める。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。著書多数。ジェニー・リスター著、中野香織監修『新装版  時代を変えたミニの女王  マリー・クワント』(グラフィック社)発売。