テレビや舞台で欠かせない存在と言える伊東四朗さん。てんぷくトリオで一世を風靡し、笑ゥせぇるすまんから、「おしん」の父親まで縦横無尽に演じた。バラエティー番組に出ても、シャイでチャーミングな笑顔を見せる。その当代一の喜劇役者を軸に約100年にわたる“東京喜劇史”を描く『笑いの正解 東京喜劇と伊東四朗』(文藝春秋)を、富山市出身の演劇史研究者、笹山敬輔さんが刊行した。新著に込めた思いや、取材時の裏話を聞いた。(聞き手・田尻秀幸、撮影・竹田泰子)

——バラエティー番組で伊東さんを見ていると、いつも自然体で偉そうにしませんよね。大御所なのに。

 若いアイドルと共演しても、自分の権威に依存しません。激しくツッコミを入れられても「俺は伊東四朗だぞ」なんて絶対に言わない。そういう権力勾配で笑いを取ることはしないんですよ。舞台の上では平等っていうこともそうなんだろうけど、ご本人がナチュラルに謙虚なんでしょうね。

 

 あとね、「笑いは今だから。今の空気をまとっていないとダメだ」っておっしゃるんですよ。若い人には今の空気を教えてもらっているという姿勢です。だから、「今の笑い」を批判してほしいというインタビュアーがいても、絶対に乗らないですね。

——喜劇役者、伊東四朗はどんな存在だったと言えますか。

 一時代を築いた有名人って際どいエピソードがいっぱいあるものだけど、伊東さんには見当たらない。ご本人も「もし就職試験に合格していたら定年まで勤めあげていた」とおっしゃっていたけど、常識人で真面目な人。そんな人が最後まで喜劇役者でいようというのが面白いですよね。

 小林信彦さんが伊東さんのことを「最後の喜劇人」と評しましたね。それから30年経ちます。伊東さん自身は最後と呼ばれたいわけじゃない。でも、90年代までに東八郎も渥美清も由利徹もみんな亡くなったし、森繁久彌も97年の舞台が最後。2000年代になると座長格の人って伊東さん以外は残っていなかった。

 

 ご自身は「華がないから」って頑なに脇役しかやりたがらなかったけど、そこから伊東さんも結局一座をなさったんですよ。孤塁を守ったわけです。伊東さんの存在が次の世代につなげる役割を果たしています。今回の本では伊東さんの体験的喜劇史を知ってもらいたいということはもちろんなんだけど、伊東さんの仕事への姿勢や人柄も感じてもらいたいですね。

——笹山さんが芸能史を研究するのは、何に惹かれてのことですか。

 普通に生きている人がダメってことはない。でも、メディアに出続けているって、ある意味では時代をまとうこと。時代の風を読むという点で、すごく魅力的に感じる。スポットライトを浴びた人からは、私の知らなかった時代が見える気がするんですよね。華やかな舞台には後ろ暗い裏側もある。それでも舞台の上に立つ人の生き様ってすごく面白いですよ。

 

 今あるものは全て過去の歴史の上にある。新しく見えるものも、みんな過去のバリエーションとも言える。今を知るためには過去を知らないといけないんですよ。

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