——伊東四朗さんというと、硬軟自在の名バイプレイヤーであり、舞台に重きを置く俳優です。しかも、とても息が長い活動をしている。その伊東さんを主軸に東京喜劇の100年を検証するという意欲的な本を執筆されましたね。
まず東京喜劇は今から約100年前、エノケンと古川ロッパの誕生から始まります。人情喜劇ではなく、乾いた笑いや粋を重んじました。大阪の吉本新喜劇はアドリブ中心ですが、東京喜劇は脚本に重心を置いた笑いを展開します。

伊東さんは87歳で、現役最高齢と言ってもいい東京喜劇の役者です。テレビ以前から笑いを体現している存在で、エノケンといった伝説的な存在も生で見て、共演した経験もあります。一員だったてんぷくトリオは、ドリフやコント55号以前から人気でした。伊東さんの歩み自体が東京喜劇の歩みそのものと言えます。
テレビバラエティーはトークや私生活、アドリブ力で笑わせる流れがありますが、伊東さんはしっかり演技をして笑わせようとしています。トーク番組でも、リアクションを見事に取る。重い演技と軽い演技の両方ができ、その落差で笑いが生まれることも魅力です。これも舞台人だからでしょう。
——笹山さんは歴史上の人物や亡くなった方を書くことが多いけれど、伊東さんのように現役の最前線に立つ人を主役にするのは珍しいですね。
今回は僕にとってはチャレンジですね。いつもは文献調査が軸ですけど、今回は伊東さんの語りをベースにしつつ、文脈や歴史的背景を調査した文献を交えて、歴史につなげていく書き方を試みました。

——何度も取材されたそうですね。
伊東さんありきですからね。舞台も見に行きましたし、ご本人には5回取材しました。今回の本は、伊東さんを中心にすることで、体験的な喜劇史を編むという挑戦です。東京喜劇史を伊東さんに語ってほしいとお願いしたんですが、「歴史なんて語れませんよ」と言われました。それでも「伊東さんが見たもの、やってきたことを語ってもらうだけで東京喜劇の歴史になる」と説得しました。
——伊東さんについて印象的だったことは?
律義な方ですよ。編集者が取材の段取りをしてくれたのですが、伊東さんは約束の時間の30分前には会場にいらっしゃっています。15分前に行った私が遅刻してしまったかのようで焦ることがありました。約束の時間前に到着しているのに(笑)。
舞台は無理だけど、映画は見られる範囲で全部見ました。あとは、国会図書館で舞台に出たての頃の記事を調べたり、メルカリで1970年代のパンフレットを買ったりして持参しました。本人でも忘れているような情報を持って行くんですよ。
その上で質問を組み立てる。伊東さんもマネジャーさんも「あんた、よく調べたね」って驚いていらっしゃいました。そうやって少しずつ信頼してもらえたと思います。取材は毎回プレゼンのようでしたね。