猛暑だった夏も過ぎ、朝晩は秋風も感じるようになりました。webunプラスをご覧の皆さん、東京のメガバンクを辞めて、富山に移住した中谷幸葉なかやこうようです。移住した古民家の周囲には農地が広がりますが、実は担い手のいない「耕作放棄地」なんです。その広さはなんと2000坪。25メートルプールが20個分のスペースに当たります。

古民家の周囲に広がる耕作放棄地

 耕作放棄地とは、1年以上作物が育てられておらず、今後数年間も育てる予定がない土地のこと。農業では、耕作放棄地の拡大や担い手不足が深刻化しています。荒れ果てた土地を前に、立ち尽くす僕。「誰か助けてください!」。草と格闘した時のようにSNSで投稿すると、一通のメッセージが届きました。

キャベツ農家と陸上選手がコラボ

 「僕は、富山で世界一おいしいキャベツをつくるために移住してきた農家です」。メッセージの主はキャベツ農家の石井いしい湧人わくんどさんでした。古民家を訪れ、農地の現状を見た石井さんは、開口一番に言いました。「この耕作放棄地を活用していくには、僕らだけではどうにもなりません。せっかくなので、仲間を集めてみませんか?」

トラクターに乗るキャベツ農家の石井さん

 草刈りを助けてくれた人たちの顔が浮かびます。でも、いつも頼っているわけにもいきません。そんな時、別の人からもメッセージが届いていました。子ども向けの地域スポーツクラブ(陸上教室)を運営する、西村にしむら顕志たかゆきさんでした。

 「元富山県記録保持者の現役アスリートです。100メートルを10秒32で走ります。特技を生かして陸上教室を運営していますが、足が速くなるだけではなく、子どもたちに食育の大切さを伝えたいと思っています」

100メートルの元県記録を持つ西村さん

 100メートルを10秒台、10メートルを1秒で走るとは、なんて速さだと感激している時、ひらめきました。キャベツ栽培と走るのが速い2人の得意を掛け合わせて、畑で陸上教室をやったら面白いかも。名付けて「アグリスポーツ」。こうして農業×スポーツの新しい形が生まれ、二人三脚で走り出したのです。

アグリスポーツは畑の上を走り、子どもたちも笑顔に

 まずは、西村さんが主宰する陸上教室「アスリッシュ」に通う親子向けに、畑で運動をしながら農業をするイベントを開催しました。コンセプトは「おいしいの記憶を通して、おいしいの価値を育てる農業」。指導はもちろん石井さんです。4月の畑のゴミ拾いから始まり、土を耕し、堆肥まき、ウネ作り、協力農家の畑見学会、収穫祭といった工程を8月まで全4回、約4カ月間かけて実施しました。9月9日には秋編も行われ、こちらもにぎわいました。

子どもたちに農業の魅力を伝える石井さん

 凸凹した畑での50メートル走は、競技場とは違った体の使い方や筋力が必要な様子でした。親子参加の全員リレーをしたり、キャベツの収穫後にその場で味わったりと、土の上で輝くみんなの笑顔が印象的でした。

農地再生や雇用創出、収入アップも

 参加者からは、たくさんのポジティブな声をもらいました。「野菜って、こんなにおいしいんだ」「育てた野菜をおじいちゃんとおばあちゃんにも食べてもらいたい」「普段は取れていない親子間の良いコミュニケーションになりました」得意を掛け合わせた2人も手応えを感じた様子です。

手応えを感じたアグリスポーツ

 西村さんは「自分で育て、収穫し、見て、感じて、触った野菜が、何よりもおいしかった。畑で走るのは陸上競技場やグランドと違うので、すごく難しかったですね。でも新鮮でした」と言えば、石井さんも「アグリスポーツは、農地に新しい価値をもたらしてくれる。多くの人に土に触れてもらい、農業に興味を持ってもらえる良い機会になった」と喜びます。

 新たな挑戦により、次の目標もできました。アグリスポーツを陸上競技選手の雇用や耕作放棄地の再生、畑を貸し出す農家の収入源につなげたいと夢は広がります。

広報アンバサダーに任命された西村さん(左)

 手応えをつかんだ2人に、さらなる役割が任されることが決まりました。2人もメンバーに入っている「とやまのめ」が富山県都市農村交流事業広報アンバサダーに任命されたのです。若者目線で多くの人に農業の魅力が伝わる広報手法を提案します。今後、ますます活動が盛り上がっていきそうです。

都市農村交流事業広報アンバサダーの任命式

 富山に限らず、日本全国で「耕作放棄地の拡大」「農業の担い手不足」「地域スポーツクラブの役割」「アスリートの雇用」など農業やスポーツにまつわる社会課題がたくさんあります。僕たち若者が新しい発想で課題解決に役立つことができればうれしい限りです。

 さて、次回のお悩みは、日本の海で起こっている磯焼けの問題。これはまた難問です。誰か、力を貸してください。

古民家に関わるイベント情報はこちらから発信していくよ↓

インスタグラム「富山の古民家に移住した」(外部サイトに移動します)

射水市の古民家に集まる「若者・よそ者・ばか者(?)」のメンバーが、日々の活動をリレー方式で紹介していきます。随時掲載します。 
〈著者プロフィル〉
 
 

中谷幸葉(なかや・こうよう)
1992年、茨城県生まれ。「とやまのめ」代表理事。現在、55人のメンバーと社会課題の解決プロジェクトを進行中。まちづくり会社TOYAMATO取締役。M&Aアドバイザリー業務も行っている。

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