皇居からも近い落ち着いた高台の市街地、東京都新宿区の市ケ谷。戦争をくぐり抜け、極東国際軍事裁判(東京裁判)の舞台ともなった歴史的建造物などを巡った。

 JR市ケ谷駅から堀を渡り、北へ坂道を上ること約10分。大日本印刷の高層ビルの横に、時計台があるレトロな建物が見えた。同社が運営する「市谷の杜 本と活字館」(入館無料)だ。付近一帯が印刷工場だった大正期に建てられ、営業所棟として使われたが2021年、文化施設として生まれ変わった。

 案内板や説明書き、パンフレットまで、文字は端正なフォントで統一されていた。「母型」を作り活字を鋳造、版を組んで印刷・製本する流れが分かりやすく示される。

 「印刷所」では、職人が専用棚から小さな活字を一つ一つ拾い文章を作る様子が見られる。夏目漱石の「坊っちゃん」を題材に活字を選ぶ作業を疑似体験できるタッチパネルもあり、女性2人が夢中で取り組んでいた。

 昼食を取った後、防衛省の「市ケ谷台ツアー」へ。広大な敷地をガイド付きで回る人気企画で見学者は50万人を超えた。ヘルメットを装着し、参加者約20人で向かったのは「大本営地下壕跡」。勾配を利用した面積約1300平方メートルの壕には薄暗く細長い通路が通り、大臣室や通信室、炊事場やトイレも配されていた。

 トレーニング中の自衛官らとすれ違いながら坂道を上がった先に、ツアーのハイライト「市ケ谷記念館」があった。陸軍士官学校本部として使われた建物を移築・復元。陸軍大臣室としても使われた2階の部屋には、作家三島由紀夫が占拠した際に日本刀で付けた傷が残る。

 1階大講堂は東京裁判の法廷だった。参加した千葉県の高専生(20)は「歴史の教科書で知った場所を実際に見られた」と話す。当時と同じ床材が鈍く光るこの空間で、戦後日本を揺るがす数々の証言がなされたと思うと、歴史が目の前に迫ってくるようだった。

 【メモ】市ケ谷台ツアーは公式サイトで要予約。