山中千瀬『死なない猫を継ぐ』は、小さな発見に満ちあふれた魅力的な歌集である。たとえばこのような短歌。

すれ違いを続けるあたしの人生と郵便局の営業時間

 みんなどうしているんだろう。会社を出る頃には、郵便局が閉まっている。ただでさえ忙しいのに、昼休みに慌てて郵便局に駆け込んだこともある。コンビニのない時代はどうしていたんだろう。ポストに入れておけばそれでいい、というわけにはいかないややこしい手続きが、郵便局にはたくさんある。誰しもが日常で感じるちょっとした傷つきを拾った短歌には、このようなものもある。

『死なない猫を継ぐ』山中千瀬(典々堂、1,980円)

でもきみはその称賛に振り向かずひとり花野に去ったっていい

 業績を評価され、称賛されることに、若干の居心地の悪さを感じる。称賛されるためにしたことだったっけ。という問いにからめとられて、帰り道にふと、立ち尽くしてしまう。称賛されることは嬉しいことであるはずだという前提を根底から崩す、美しい短歌である。

(また出会いましょう! ほんとうを言うのとおなじ気持ちで打つメールだよ)

 社交辞令が飛び交うパーティーの場を想像してほしい。自分に向けられた言葉のどれかがほんとうで、それのどれかがほんとうではない。早押しクイズの絶え間なく続く時間に、完全に疲れきって帰宅するとき、友人からこのメールが届いたら、わたしは「ほんとう」を言うのとおなじ気持ちで、返信のメールの文面を考え始める。( )に挟まれているのは、綴られた内容がまるで、ほんとうであるかのような気持ちにさせてくれる。短歌を丸ごと( )の中に入れてしまうのは珍しいやり方だ。だからこそ、希少な力を発揮する。

最賃が一五〇〇円になるように職場の笹に吊るしておいた

 七夕の願い事として最も悲しく、だが未だに叶わない願い事。これぐらいのことは、どうか叶えられる未来が、これから訪れてほしい。 

あやと・ゆうき 1991年生まれ。南砺市出身。劇作家・演出家・キュイ主宰。2013年、『止まらない子供たちが轢かれてゆく』で第1回せんだい短編戯曲賞大賞を受賞。