『虹9 海の匂いを覚えている』は、新しい未来を選び、歩き始めた富山のひとびとの人生に、フォーカスをあてた本である。決して明るい未来ばかりが示されるわけではない。今も残る、能登半島地震による目を背けたくなるような被害に、気持ちが沈んでしまうところもある。
それでも大切なのは、これまでの人生から、これからの人生に切り替えるターニングポイントが富山で訪れたことだ。そして、そこに至るまでの葛藤、清々しいまでの決断の意思の強さだ。漠然と、いまの人生を引き延ばしたような2025年を考えていたわたしにとって、目の覚める瞬間が何度もあった。

『虹9 海の匂いを覚えている』 北日本新聞社編 田尻秀幸取材執筆 (北日本新聞社、1,100円)
たとえば「不幸と呼ぶ気はしない 母と高次脳機能障害の息子」という一編には心をうたれた。バイク事故により、ある日突然、高次脳機能障害となった息子と、その母が手にした、思いもよらない困難と幸福の話である。高次脳機能障害は「見えない障害」とも言われ、充分な支援がなかった時代に、当事者たちの働きかけが富山県高次脳機能障害支援センターの設立に結び付いていたことに勇気づけられた。望むか望まないかは別にして、その人だからできる仕事や役割があるのだ。
こんなにも富山にいるはずなのに、行ったことのない場所もたくさんあって、会ったことのない人もたくさんいる。なんにも知らなかった。富山を巡る旅に出たい。人生が変わるかもしれない。
あやと・ゆうき 1991年生まれ。南砺市出身。劇作家・演出家・キュイ主宰。2013年、『止まらない子供たちが轢かれてゆく』で第1回せんだい短編戯曲賞大賞を受賞。