目次のタイトルを眺めているだけでどきどきさせられる、歌人・穂村弘の最新エッセイ集です。それぞれのエッセイには、ファンタジーと呼ぶ必要はないけれど、目の前の現実にヒビが入る、数々の不思議が埋め込まれています。

 その一編である「世界が歪む」では、“こそこそ”ではなく、“堂々”と嘘をついている人間を見た時の衝撃について書かれています。駅で電話をしている人が、今いる場所と全く違う場所を相手に伝えている。私もいつかどこかで見た光景であるような気がします。何のためにそんな嘘を堂々と話しているのか。直接きくわけにもいかず、理由の分からない、言いしれない、ざわざわとした感情だけが胸に残ります。

 本誌ゼロニイが初出である「夜の仲間探し」は、このような短歌から始まります。

夜更かしの人がどこかにいることが救いだという夜更かしの人

 多かれ少なかれ誰にでも心当たりはあるのではないでしょうか。変な時間に起きてしまう。あるいはうまく眠れない。世界にひとりだけしかいないような真夜中の寂しさについて書かれています。

『迷子手帳』 穂村弘著(講談社、1,980円)

 私もものすごく共感しました。この書評を書いているのも、何を隠そう深夜3時。外に出たらすべての家の明かりが消えている、そんな時間です。コンビニ以外には、眩しい光は見当たりません。夜食のパンを買いに行くだけで、世界の終わりの中を、ふらふらと散歩しているような錯覚に囚われます。

 うらやましいのは、エッセイの中に度々登場する猫の存在です。私自身は著者と違い、ペットを飼ったことがなく、寂しいときはただただ寂しさを受け入れるしかありません。しかし、猫がいれば、世界は寂しさのないいつもの姿をとどめてくれるかもしれません。いつか寂しさを受け止めきれなくなったなら、猫を飼うことを検討するでしょう。深夜3時に猫を抱いて、眠りにつくでしょう。世界で迷子になりそうな時、猫に救いを求めるでしょう。

あやと・ゆうき 1991年生まれ。南砺市出身。劇作家・演出家・キュイ主宰。2013年、『止まらない子供たちが轢かれてゆく』で第1回せんだい短編戯曲賞大賞を受賞。