《「ああ、なんか、これ、決まってけぇへん?」 「ああ、ほんまや、なんか、ああ、なんか、景色が渦巻きみたいな」 「やばい、どんぎまりや」 など言ってるうちはまだよかったが、そのうち、地獄のようなバッドトリップに陥り、多くのものが錯乱状態に陥って谷底に転落したり、喚き散らしながら自分で自分の脳や腸を取り出して撒き散らすなどし始めた。》

『口訳 古事記』町田康著 (講談社、2,640円)

 警察や救急車を呼びたくても呼べない時代であることが絶望的に思われるほど、常軌を逸した滅茶苦茶な事態が繰り広げられ、実際に多くの人々が誰からの救済も得られずに無残に死ぬ。この残酷極まりない描写はかの有名な古事記のものである。町田康が口訳することにより、かしこまって古典を読むという知らず知らずのうちに身についた態度を、完膚なきまでに破壊する。

 しかし、荒唐無稽なおしゃべり、こんなことはない、と切って捨てるわけにもいかない。これが現在の社会の写し絵ではないと言い切れるだろうか。語りの渦の中に共感する部分はどこにもみいだせないだろうか。強引な説得力に呑まれる。

《神意ははっきりしており、明快に、No Warである。だけど忍熊王はこれを無視した。「やる、ちゅたらやるんじゃ」(中略)多数の死傷者が出て、生き残った者は這々の体で退却した。》

 愚かな指導者の愚かな判断により凄まじい被害が出るのは、今も昔も変わらない。ポリコレをガン無視した、人間の剥き出しの野蛮さには唖然とする。ただ私もまたその人間のうちのひとりであり、どれだけハラスメント対策を遵守しようが、どれだけコンプライアンス講習を受けようが、戦争が起きたら終わり。どんな手を使ってでも生きてたほうが勝ち。殺される前に殺せ。と全く別方向の「世界の正しさ」に頬を強くはたかれ、クラクラしながら読了、人間も所詮は獣の一種であることを改めて認識する。

あやと・ゆうき 1991年生まれ。南砺市出身。劇作家・演出家・キュイ主宰。2013年、『止まらない子供たちが轢かれてゆく』で第1回せんだい短編戯曲賞大賞を受賞。