格差社会は問題だ。問題じゃないと口にしたらそれこそ大問題だ。しかし、格差社会じゃない社会を、生まれてから今日に至るまで、実際にみたことがない私にとって、格差が完全に是正された社会とはどういうものなのか、うまく想像が追いついていない。海外のジェンダーギャップ指数のランキングが高い国を確認する。目眩がするほど、元々の文化や考え方に違いがある。

『燕は戻ってこない』桐野夏生著 (集英社、2,090円)

 「幸せそうな女性を殺したかった」。小田急線無差別殺傷事件の犯人の供述が脳裏をよぎる。暗い未来しかみえなくなる。男女の格差が問題です、と言いながら、時々「本気で埋める気がない人たちの集まりではないか」と疑ってしまう。と男性の私が言うことも、ただのポーズ、きれいごとだと、思う人は思う。

 バレエ界の「サラブレッド」として、自らの遺伝子を後世に残したがる43歳男性・基と、不育症と卵子の老化により妊娠を諦めた44歳女性・悠子は、非正規雇用ゆえに困窮を極めた29歳女性・リキに、代理母としての出産を依頼する。生命の危険さえ及ぼす可能性のある妊娠・出産のリスクを、豊かな者が、貧しい者に、大金を支払う代わりに、背負わせる。生殖医療ビジネスは、格差社会の象徴だ。『燕は戻ってこない』に出てくる登場人物たちは皆、深刻な悩みを抱えている。ただ、金持ちの不安は、貧乏人にとっては、回りくどい自慢のように聞こえるのも、また事実だ。

 リキは、この全くゴールの見えない、欲望の渦巻く地獄のような場所に飛び込み、信じられない場所にゴールを見いだす。そこには格差ではない、男女の考え方の明確な差がある。男性である私には絶対にできない、女性にしか出来ない、呆気に取られる判断がある。最後の最後で、爽快な風が吹き抜ける。そしてタイトルをもう一度見て、やられた、と感じる。

あやと・ゆうき 1991年生まれ。南砺市出身。劇作家・演出家・キュイ主宰。2013年、『止まらない子供たちが轢かれてゆく』で第1回せんだい短編戯曲賞大賞を受賞。