決めぜりふは「ライターであぶったら んまいちゃ!」。なんとも味のある、おっちゃんのイラスト入りパッケージがずっと気になっていた。浜浦水産(魚津市上口)の看板商品「ほたるいかの素干(すぼし)」。おっちゃんは実在するのか。会えるものなら会ってみたい。勇気を出して浜浦水産を訪ねた。(「んまい」は魚津弁で「おいしい」です)

※記載内容は2022年4月の公開時のものです

ホタルイカ、今年は豊漁

 4月はホタルイカ漁の最盛期。しかも今年は豊漁とあって、水産加工業者はどこもてんてこ舞いだ。「こんの忙しい時期に…」と断られるかと思ったが、電話口の女性は気さくで温かかった。「ああ、それは会長ですね。どうぞどうぞ、いらしてください」。お言葉に甘えて4月中旬、浜浦水産に向かった。

 社屋は海岸沿いにある。晴れれば蜃気楼(しんきろう)が見えるナイスロケーション! この地で生まれ育った浜浦水産会長、浜浦昭夫さん(79)こそ、あのイラストのおっちゃん張本人だ。「あんた、昨日だったら蜃気楼出てたがに~」と残念がっていた。

生きたホタルイカ。富山湾では3月に漁が解禁となる(魚津水族館で撮影)

 「売れるもんか」と笑われても

 

 創業は大正元年(1912年)。今年で110周年になる。看板商品は、あのイラスト入りの「ほたるいかの素干」だ。富山駅周辺の土産物店にも並び、東京など県外に根強いファンもいる。でも最初は違った。 

 発売は今から20~25年ほど前のこと。当時、昭夫さんは社長で、次々と新商品を考えては売り出していた。素干しもその中の一つだった。ところが、「こんなん売れるもんかって。みんなに笑われた」と昭夫さんは話す。 

 ホタルイカといえば、定番の食べ方はさっとゆでる釜揚げ。ぷりぷりとした食感や内臓のうまみが魅力だ。素干しじゃそれらの特徴が生かせないだろう? そう思われていたのかもしれない。

 

ホタルイカの釜揚げ。富山湾産はぷっくりして大きく、うまみが濃い

作者は高校生のおいっ子

  昭夫さんは味に自信があった。塩加減や乾燥方法など試行錯誤を重ね、内臓もまるごとそのまま使い、ホタルイカ独特のうまみを感じる素干しになった。「食べてもらえば分かるのに…」。悔しかった。 
 

 ライターでさっと温めると内臓のうまみが増して、香ばしい。「ライターであぶったら、んまいがやちゃ」。愛情が詰まった社長のつぶやきだった。それをそのままイラストにしてパッケージに描いたら目を引きそう―。とんとんと話が進んだ。「ま、遊び心やね」と昭夫さんは振り返る。 

 社長のイラストは、当時高校生だったおいっ子が「ちょこちょこっと描いてくれた」。このパッケージで人気に火が付いた。

 

高校生のおいっ子が描いたなんとも言えない表情の昭夫さん。よ~く見ると上の方に「社長のひとり言」と書いてある

ワイン漬け、キムチ…変幻自在

 

 昭夫さんが考えた新商品は素干しだけではない。ホタルイカだけでもワイン漬け、みそ漬け、キムチ、ホタルイカご飯、甘露煮などなど。変幻自在だ。この他、ブリの「あんにゃなます」(魚津市の郷土料理)もヒットし、全国ネットのテレビ番組の取材も受けた。 

 働き者だ。どうしてこんなによく働くんだろう。昭夫さんは「ちんとするがは(おとなしくしているのは)嫌だからね~」と笑いながらも、生い立ちを語り始めた。 

手相占いで漁師から転身?

 昭夫さんは小学生の時、父が体調を崩し、家計を助けるために働きに出るようになった。ホタルイカ漁の時期には、海岸で地引き網を引いた。中学卒業後には北海道へ行き、遠洋漁業の漁師になった。幼い頃に苦労したことや漁師の経験が、時間があれば働き、魚介類を無駄にせず生かす姿勢につながった。

 ちなみに漁師をやめたきっかけは、函館で手相を占ってもらったこと。「水産加工に向いとる手相だって言われてね~。びっくり」。本当なのか冗談なのか。なんとも言えないユーモアはあのイラストと相通じる。間もなく帰郷して家業を継いだ。働いて働いて、1千万円以上あった赤字を3年で解消したという。 

ホタルイカを加工する女性たち=昭和50年代、魚津市上口

「ホタルイカは奥が深い」

 ブリのあんにゃなます、ホッケの開きなどヒット商品は数々あったが、「やっぱりホタルイカは奥が深いね」と昭夫さん。「考えれば考えるほど、深みが出るんですよ」 

 もちろん、新鮮なホタルイカはそのまま食べるのが一番おいしい。でも、傷むのが早いため、加工しないと大量廃棄につながる。素干しは、ホタルイカを捨てずにおいしく生かすための知恵という訳だ。「いろいろ作ったけど今も生き残ったのはこいつだけ」と素干しを眺め、「こんな長生きするとは思わんだなぁ」としみじみと語った。 

1匹1匹、手作業で心込め

 素干しに使うホタルイカは4~6月の漁期に、水揚げからなるべく早く、新鮮なうちに冷凍する。自然解凍して塩漬けし、冷風乾燥して仕上げる。塩にはこだわる。乾燥機に並べるのは、1匹1匹手作業だ。裏返すのも手作業。1日1万匹以上を取り扱う。気が遠くなりそうだ。こうした作業は妻の洋子さん(78)ら女性が中心となって担う。

 昭夫さんは10年くらい前に社長を息子の成生(なりお)さん(52)に譲り、今は隠居の身という。「昔は酒も浴びるだけ飲んだけど、ここ15年飲んでないね」。一方、洋子さんは「お父さん人気者なんですよ。お客さんに『お父さんは? 元気?』って聞かれる」とほほ笑む。 

昭夫さん(左)、洋子さんの夫婦は一緒に得意先へ配達に行くこともある。素干しは手間暇掛けて、愛情込めて作っている

おっちゃんとご対面!

 ずっとマスクを着けて取材していた。最後に、写真撮影のためマスクを外してもらった。いよいよ、あのイラストのおっちゃんとご対面だ。昭夫さんはささっとマスクを外し、パッケージを顔に寄せて、にかっと笑った。その表情に思わず吹き出してしまった。「顔を見せると、『コレコレこの顔』って笑ってもらえる」と昭夫さん。愛される理由はこんなところにありそうだ。

 

自身の似顔絵イラストが描かれた「ほたるいかの素干」を持って撮影に応じる昭夫さん。眉毛の下がり方や頬のラインが似ている

 

 素干しは人気があり、取材中にも買い求める人が訪れ、電話もかかっていました。「生産が追いつかなくて、お待たせして申し訳ない。でも、やっぱりおいしく食べてもらいたくて…」と洋子さん。品質へのこだわりが伝わってきました。「素干しを長年かわいがってくれたお客さんに感謝している」と話していました。 

 富山湾のホタルイカは身が大きく、内臓が詰まって、ゆでるとむっちりぷっくりして、格別おいしいです。中でも、「4月のホタルイカは一番おいしい」と昭夫さんが教えてくれました。ちなみに、素干しは数匹つまみ食いするならライターで十分ですが、たくさん食べる時はフライパンで軽く空いりするのがお勧めとのこと。地酒を用意して、今度やってみようっと。

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