9月29日に放送が始まるNHK連続テレビ小説「ばけばけ」の主題歌が、生活に根ざした温かいフォークソングに定評のある夫婦デュオ、ハンバートハンバートの「笑ったり転んだり」に決まった。8月26日夜放送の「うたコン」(NHK総合)でテレビ初披露される。

 朝ドラの主題歌といえば、現在放送中の「あんぱん」ではRADWIMPSが、前作「おむすび」ではB’zが担当するなど、トップアーティストが起用されるケースが多い。1998年の結成以来、地に足の着いた活動を長年続け、お笑い芸人で作家の又吉直樹さんをはじめ多くのファンに愛されてきたハンバートハンバートだが、チャート上位に名を連ねるタイプのアーティストではない。まさにサプライズ起用となった彼らの音楽の魅力をひもとく。

(1)日本語フォークの後継者

 ハンバートハンバートは佐野遊穂(さのゆうほ)と佐藤良成(さとうりょうせい)の2人組。ギターをはじめ、バイオリンやマンドリン、ピアノなどいくつもの楽器を弾きこなす良成が作詞作曲を手がけ、遊穂と2人で歌う。アコースティックの響きを生かした演奏と、2人でじゃれ合うように上と下を行ったり来たりする楽しげなコーラスワークに定評がある。

 フォークやカントリー、アイリッシュなど海外の音楽をルーツにしつつ、1960~70年代の日本のフォークにも造詣の深い良成。日本語のフォークの正当な後継者としても幅広い世代に愛される存在だ。

 2人の最大の魅力は、コンプレックスやみじめな気持ち、生きる悲しみを根底にたたえながら、それをひょうひょうと、時に朗らかに歌う姿勢だ。

 代表曲の一つが、2014年発表のアルバム「むかしぼくはみじめだった」に収録された、吃音の少年を描く「ぼくのお日さま」。言葉がうまく言えない、のどにつかえてしまう、そんな少年のもどかしさを表現しながら、最後は「好きなら好きと言えたら」と力強く歌う。

 この曲に触発されたのは映画監督の奥山大史。フィギュアスケートを練習する吃音の少年の成長を描いた同名の映画「ぼくのお日さま」では、主題歌をハンバートハンバートが歌い、良成は映画の音楽も担当した。同作は昨年、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、良成はタキシード姿でカンヌのレッドカーペットを歩いた。

 「生きてると、本当にこういうこともたまにあるんですね。みんなが大切にしてくれて、おかげであの曲はとてもいい思いをした」。帰国後、良成は感慨深げに語っていた。

(2)明と暗が一曲に共存

 もう一つの代表曲は2005年のアルバム「11のみじかい話」に収録された「おなじ話」だ。どこにいるの? 窓のそばにいるよ。遊穂と良成の掛け合いで曲は進んでいく。良成のアコースティックギターと遊穂のハーモニカを軸にしたシンプルな音。一緒に暮らす2人の変わらない関係をほのぼのと描きつつ、終盤で2人は別れの言葉を交わす。

 明るい曲調には生きる悲しみがにじみ、悲しい曲調でもほんのりと光が差し込む。明と暗が共存する曲調こそが「僕のツボ」と良成は言う。

 こうした別離の歌にハンバートハンバートの美しさが宿る。2006年に発表されたアルバム「道はつづく」にも、別れの歌がいくつも収録されている。夜明け前、寝ている「君」にそっと別れを告げる「1時間」は、遊穂のはかなげな声がどこかメルヘンに響く。「日が落ちるまで」では、軽やかなフォークテイストにかすかな悲しみをにじませて「もうすぐ終わる」「もうすぐ消える」と歌う。多くの曲で遊穂が主旋律でほの明るく別れを歌ったのに対し、終盤の「おかえりなさい」では、良成が女性の目線でしっとりと別れを歌う。雨の中で帰ってきた「あなた」の目を見て「自分に☆(口ヘンに虚の旧字体)をつくのはおやめなさい」。演歌の「女歌」のような湿り気も感じさせる叙情歌だ。

(3)子育てと庭からの発信

 ライブでは、ほんわかととぼけた遊穂と、クールなようで遊穂の話に「うんうん」と相づちを打つ良成の温かいやりとりに会場が沸く。子育てにいそしみ、一時は休日のライブを取りやめ、平日にしかライブを行わないという“働き方改革”を実践して話題となったこともある。

 コロナ禍では自宅の庭先に椅子を置いて、2人の弾き語りを動画で配信する「庭チューブ」でも人気を博した。良成は「うちは幸いなことにバンドメンバーを集めなくて家にいるもんですから、家の中でフル編成そろうし、庭があるからカメラを向けても開放感があった」と振り返る。

 結成25年を迎えた一昨年のインタビューでも、彼らのマイペースさは変わらなかった。遊穂は「誰もが聴いたことがあるヒット曲があって忙しくしていて…。始めた頃はそんなミュージシャンの日々を想像していたんですけど、そうはなっていない」とホンワカした口調でおどける。ただ、大きなレコード会社には所属せず「やりたくないことをやらされることもなく、ずっとマイペースに続けられた」。良成も「うんうん。そうだね」とのんびり合いの手を入れる。「自分一人だったらどうなってたか分からない。やっぱり2人だから続けられたんじゃないかな。続けて良かったね、本当に」

 昨年リリースされた最新アルバム「カーニバルの夢」の1曲目は、彼らには珍しいストレートで明るいロックソングの「一瞬の奇跡」。2人は、うれしさも楽しさもさみしさも悲しさも「一瞬」の「神経細胞間の電気信号なのだ」と朗らかに歌った。

 時代が変わり、年を取っても、そのペースは変わらない。人生の喜怒哀楽を織り込んだ音楽をつむぎ続ける。そんな確かな信頼感のある2人の声が、日本の朝に、優しく響いてくる。

(4)物語にぴったり

 今回の朝ドラ起用を受け、2人は次のようなコメントを発表した。

 佐野遊穂「朝ドラ主題歌☆(?の右に!)と聞いた時は驚きましたが、その舞台が松江と聞いて、またびっくり。昔から何度もライブに訪れて、たくさん思い出のある場所です。そして、物語にぴったりのとても良い曲ができたと思っています。たくさんの人に聞いてもらえたらうれしいです」

 佐藤良成「はじめはどんな曲を作ったらいいものか悩みましたが、曲作りは考えすぎるとかえってよくないので、モデルとなった小泉セツさんの『思い出の記』をただただ繰り返し読み、自分がセツになったつもりで一気に作りました」

 制作統括の橋爪國臣は「何度聞いても飽きがこない曲です。聞く時の気分で、よりそってくれる時もあれば、はげましてくれる時もあり、泣ける時もあれば笑える時もある。聞くたびに違って聞こえる。ドラマの中で流れて、すっとしみるように心に入ってくる、そんな主題歌をいただけた」と太鼓判を押した。

(共同通信=森原龍介)