気鋭のピアニスト、田所光之マルセルのデビューアルバムは、決して有名とは言えない19世紀の作曲家ヘンゼルトの練習曲全曲を取り上げた意欲作だ。「誰もが同じ曲ばかり演奏していると、クラシックの世界が狭くなってしまう」と語る田所ならではの選曲。「限界に挑戦するような難易度の高い曲ばかり。完成度を意識して弾きました」
自らも卓越したピアニストだったヘンゼルトはドイツに生まれ、ロシアに渡ってピアノ教育に情熱を注いだ。このアルバムには「12の性格的練習曲」「12のサロン用練習曲」などを収録。各曲には「嵐よ、おまえは私を打ちのめすことはできまい!」「亡霊の夜行」など詩的なタイトルが付いており、田所は「自分が弾いたイメージに合うように、日本語訳にもこだわった」と明かす。
田所がヘンゼルトを知ったのは、パリ国立高等音楽院に通っていた10年ほど前のことだ。作曲家でピアニストのラフマニノフが弾いた「12の性格的練習曲」の第6番「私が鳥なら、おまえのところに飛んで行くのに!」の録音を聴いた。「何これ、かわいい!」。冒頭の細かい音型は本当に鳥が羽ばたいているかのようで、心を奪われた。早速楽譜を探し、他の作品にも興味を持った。
「演奏中は、ひたすら自分が楽しむことに徹している」と笑顔を見せる。強いこだわりの一方で、オーケストラと協奏曲を弾く時のような「自己完結しない」状況も楽しむことができるそうだ。
「作品の魅力を伝えられる演奏をしていきたいし、いずれ即興だけで2時間聴かせられるようなピアニストになりたい」
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「クレッシェンド!」は、若手実力派ピアニストが次々と登場して活気づく日本のクラシック音楽界を中心に、ピアノの魅力を伝える共同通信の特集企画です。