2018年の西日本豪雨をきっかけに、記者(29)は気象や災害に関する報道に力を入れようと、気象予報士の資格を取得した。知識は業務で役立ち、より分かりやすい気象ニュースを提供できるようになったと自負しているが、防災に直接関わることができないもどかしさも感じていた。そこで注目したのが、「気象防災アドバイザー」という国の制度。研修を受けた気象予報士が自治体首長に対し、避難指示などの情報を発表する際に助言する。気象庁が行う養成講座を記者が受けてみると、待っていたのは半年超の研修期間と、50時間以上の映像授業、厚さ約10センチのプリントの束。ハイレベルな内容に面食らい、仕事との両立にも苦労した。(共同通信=小川水香、気象予報士)
▽「限られた時間で避難判断を扱う人材」
気象防災アドバイザーは研修を受けた気象予報士のほか、要件を満たす気象庁退職者などに国土交通相が委嘱している。最初の委嘱は2020年12月に行われた。
気象庁はアドバイザーについて、自治体の災害対応時に、限られた時間で予報の解説から避難判断までを一貫して扱うことができる人材と説明している。普段は職員や住民向けに防災の講演をしたり、避難訓練を支援したりする。自治体が雇い、フルタイム勤務のほか、登録しておいて必要なときに参集する形態の勤務や、単発の契約で防災講演の講師をすることが想定されている。委嘱期間は最長3年で、さらに延長できる。
まずは研修を受けるための書類選考がある。申し込んだのは2024年7月。普段はテレビやラジオ用のニュース原稿を書いている記者は新人の時に、200人を超える死者が出た西日本豪雨の報道に携わり、気象と防災に関心を持ったことをつづった。このほか、気象と防災に関する活動実績や防災に関する研修の受講経験、アドバイザー委嘱後の雇用形態や活動できる地域なども答える必要があった。翌月に通過連絡があり、受講料1万円を振り込んだ。
気象庁によると、2024年度の書類選考には約250人が応募し、80人が通過した。倍率3倍を超える狭き門だった。受講生の募集は年1回だ。
▽夜勤明けで受ける授業のつらさ
それから記者は、全部で厚さ約10センチにもなるプリントの束と50時間以上に及ぶ映像授業と格闘することになる。映像授業はオンラインのため都合のよい時間に見ればよいものの、夜勤を含むフルタイム勤務の記者は毎日時差ぼけ状態。時間を捻出するのに苦労した。授業数が膨大な上に、授業の後には選択式で5問程度の小テストを受ける必要があった。
講座のタイトルには「中小河川の洪水からの避難」や「参謀にとっての災害対策本部運営」などが並び、内容も難しい。西日本豪雨時に、不眠不休で難しい判断を迫られた岡山県倉敷市の元職員の講義では、貴重な話に引き込まれながらも、「私にできるのだろうか」と不安になった。
特に繰り返し学んだのは、「線状降水帯」と「バックウオーター現象」だ。線状降水帯は発達した雨雲が次々と発生し、数時間にわたって強い降水をもたらす現象だ。バックウオーター現象は、大雨により大河川の水位が上がると、そこに流れ込む支流の水が滞り、支流の水位が急上昇し氾濫してしまう。西日本豪雨や、熊本県を中心に被害が出た2020年7月豪雨ではこの二つの現象が起き、多数の犠牲者が出ている。気象庁が気象防災アドバイザーに期待していることは多岐にわたるが、特に線状降水帯とバックウオーター現象が複合した場合の被害を減らすことが念頭にあるのではないかと思った。
映像授業の中には専門知識を学ぶだけではなく、避難情報の発表に関する判断を訓練するものもある。実際の災害発生時の天気図や地形図を見た上で、この時点でどのような判断をするかを考えるリポートが毎回課された。
避難指示を出しても目立った災害が起きなかった場合の「空振り」を懸念して避難情報発令を渋る首長の説得に役立つコミュニケーションの指導や役所内に入り込むやっかいな報道陣への対応を指南する内容もあり、耳が痛かった。
▽ほかの研修生は気象庁退職者や気象キャスター、経験の差に気後れ
体力的なしんどさと経験不足によるふがいなさを感じたのは、勤務後にオンラインで4時間以上のグループワークをした時だ。