2015年夏、大阪府の女性は、府内のクリニックで不妊治療を続けていた。この日、エコー検査をしていた医師が悲鳴のような声を上げた。
「1、2、3…うそでしょ。ありえない!」
医師の次の言葉を聞いた女性は絶句する。
「妊娠しています。五つ子を」
これまでの治療で使ったのは排卵誘発剤だけ。双子や三つ子といった「多胎妊娠」をする可能性については説明されていなかった。妊娠はうれしいが、まさか5人とは。医師は続けてこう言った。
「全員産んだら、あなた死ぬよ」
多胎妊娠は母子ともにリスクが高い。このため、胎児の数を減らす「減胎手術」を受ける人も少なくない。しかし、日本では手術について一定のルールがなく、大半が水面下で実施されているのが実情だ。
女性も減胎手術を受けたが、結局1人も産むことができなかった。
「こんな思いをする人を二度と出してはいけない」。一体、何があったのか。(共同通信=一山玲佳)
▽「1人でも多く産みたかった」
女性には既に長男がいる。夫婦で話し合い「長男にきょうだいを」と考えて大阪府内の不妊治療クリニックに通っていた。
医師は五つ子の妊娠と、全員は産めないことを告げた後、安心させるように語りかけた。
「大丈夫。減らせばいい。うちしかできない手術だから」
5人全員を中絶するか、減らすか-。究極の選択を迫られた女性は、その時の気持ちをこう振り返る。
「命の選択をするくらいなら、全員諦めるべきだという意見もある。それでも、私は1人でも多く産みたかった」
▽「簡単だし、すぐ終わる」と言われたが
ほどなくしてこのクリニックで手術を受けた。当時は妊娠三ケ月。
「簡単だし、すぐ終わるから。私は腕がいいんだよ、運がよかったね」
医師の言葉を信じた。罪悪感に押しつぶされそうになりながら内診台に乗り、麻酔で眠らされた。