石川県七尾市議の山花剛さんは、2024年元日の能登半島地震で被災した数日後、親戚からある話を聞いた。「最寄り駅のトイレが大変なことになっている」。早速向かった駅で見たのは、まさに惨状だった。男性・女性・多目的トイレのすべての便器に汚物があふれ、さらにそれは屋外の線路付近にまで広がっていた。

 「トイレが使えなくなって、我慢できずにしてしまったんでしょう」と山花さん。急いで入り口をビニールシートで覆い、立ち入りできないようにした。

 大きな災害が起きると、水道や電気が止まったり、下水道や浄化槽が壊れたりして、水洗トイレが使えなくなることがある。だが防災対策の中でトイレ問題は後回しにされる傾向にあり、教訓はなかなか生かされてこなかった。災害時でも安心して用を足せるトイレ環境を保つことは、命を守るためにも欠かせない。「災害に遭った後の最初の排せつ」をどうするか、考えてみたい。(共同通信=前山千尋)

「食料や水のことは考えても、トイレのことは考えたことがなかった」

 七尾市議の山花さんは、あのとき向き合ったトイレ問題についてこう振り返る。

 「駅が国道沿いに位置していたこともあり、いろいろな人が殺到したんだと思います。コンビニやほかの鉄道の駅、それから道の駅も同じような状況だと聞きました。生理現象だからどうしようもない。被災する前は、食料や水のことは考えても、トイレのことは考えていなかった」

 似たような状況は、これまでも繰り返し起きている。

 1995年の阪神淡路大震災では兵庫県内の約125万世帯で断水し、避難所などのトイレが著しく不衛生となった。「トイレパニック」という言葉が生まれたとも言われている。

 2016年4月に起きた熊本地震で専門家が実施した被災者への調査では、地震発生から6時間以内に7割以上の人がトイレに行きたくなったと答えている。災害とトイレは、セットで考えるべき問題なのだ。

「携帯トイレ」知ってる?誤った使い方の結果…

 石川県輪島市で被災した40代の女性は2024年1月から8月まで、輪島市で避難所となった小学校に子供と一緒に身を寄せ、避難所運営にも携わった。ここでは当初、トイレの水は流れなくなっており、「最初の1週間は悲惨な状態でした」。女性はそう振り返る。

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