「あと1時間すれば、あなたは世界一の有名人になる」―。日本での公開が始まった映画「教皇選挙」の終盤シーンで、バチカン市国元首にして、キリスト教最大教派ローマ・カトリック教会の頂点に立つ「ローマ教皇」に選出された人物に向けられた言葉だ。物語はフィクションだが、14億人の信者を抱える指導者の影響力の大きさは本物。「全生涯を主と教会への奉仕にささげた」と悼まれた教皇フランシスコの4月21日の死去を受け、現実世界でも次のトップを選出するための選挙が行われることとなった。前回投票を振り返りながら、あらためて注目が集まった世界最小の独立国について紹介する。(共同通信前ローマ支局長=津村一史、文中の肩書・年齢は当時)

部外者は退出せよ

 イエス・キリスト十二使徒の筆頭、初代ローマ教皇ペテロから数えて266代目となる現教皇フランシスコは2013年3月に「コンクラーベ」(Conclave)と呼ばれる選挙で「神の代理人」に選ばれた。ラテン語のクム(と共に)とクラービス(鍵)を組み合わせた言葉で直訳すれば「鍵と共に」、つまり「鍵を掛けて」を意味する。この秘密投票は、バチカンのシスティーナ礼拝堂内で外部との連絡を絶った“密室”状態で行われる。13世紀に3年間空位が続いた際、鍵を掛けた部屋で選挙を行い次の教皇を決めたことが語源とされる。

 現在のコンクラーベでも、システィーナ礼拝堂やバチカン内の宿泊施設、移動用の車には電波を遮断する措置が取られ、携帯電話やパソコンで外部と接触することが禁じられる。通訳や宿泊施設で食事の世話をする人々にも「沈黙を守る」との誓約が義務づけられ、外界と断絶された環境が作り出されるのだ。

 選挙権を持つのは、教皇に次ぐ高位聖職者である枢機卿のうち、80歳未満の者たち。彼らの中から教皇を選ぶのが慣例で、つまりは枢機卿たちがお互いを候補として投票することになる。一人一人が聖書に手を置いて秘密の厳守を宣誓し、ローマ教皇庁儀典長の「エクストラ・オムネス」(ラテン語で「部外者は退出せよ」の意味)という言葉で扉が閉められ、鍵が掛けられる。

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