「あなたはガラスの言葉がわかるひとよ。この国で本気でガラスの勉強をするといいわ」

大平洋一《クリスタッロ・ソンメルソN.49-彫刻》 2008年(Collection Barry Friedman, New York)
Courtesy Barry Friedman Gallery

 フィンランドを舞台にした五木寛之の短編『霧のカレリア』では、こんなセリフが主人公にささやかれる。

 「ガラスの言葉」とは何だろう。「吹きガラス」とか「コールドワーク」とか、そういった専門用語ではないだろう。多分、ガラス自体と交わし合うメッセージのこと。魂のレベルで感じる声だ。

 この小説を愛読した大平洋一も「ガラスの言葉」が聞こえる人だった。主人公がガラスの器を見た時に「無音の美しい音楽」を感じたという場面に惹かれてガラス作家を志した。26歳でベネチアン・グラスが発展したイタリア・ムラーノ島に渡った。本気でガラスの勉強をしたのだ。

 しかし、20代半ばから職人技を習得することには見切りを付けた。代わりにガラスの技法と特性を研究し、デザイナーの道を選んだ。古今東西のガラスをリサーチし、現地の職人たちの信頼を得た。そして、不透明なガラスを組み合わせて複雑な意匠を生み出し、国際的な名声を勝ち取った。

 大平が還暦を迎えて制作した本作は、古代ギリシャ彫刻のアフロディーテ像から着想を得たクリスタルガラスのオブジェだ。黄金比で支えられた彫刻を抽象化した器が、透き通った水を思わせるガラスの層の中に浮かぶ。ガラスにしかできない表現を追求している。

 複雑な色彩の組み合わせで名を馳せた大平が得意技を封じたのが面白い。無色透明なガラスで古典的な美の根源に迫る。円熟期に到達した「無音の美しい音楽」は一点の曇りもない。澄み切った「ガラスの言葉」を今も響かせる。 (田尻秀幸)

回顧展 大平洋一 ヴェネツィアン・グラスの彼方へ

会  場:富山市ガラス美術館 2・3階展示室1-3
会  期:開催中〜6月23日(日)
開館時間:午前9時30分〜午後6時
    (金・土曜日は午後8時まで。入場は閉館の30分前まで)
閉場日:第1・3水曜日
観覧料:一般1,200円 (1,000円) 、大学生1,000円(800円)
    ○( )内は20名以上の団体○高校生以下無料
    ○富山市に住民登録がある70歳以上無料
問い合わせ:富山市ガラス美術館 TEL.076-461-3100