〈ナフタリンの匂いのする着物は何かよいことがあるときにしか僕の家ではきられなかったので、僕の鼻は今でもナフタリンの匂いを幸福の匂いと思っている〉

©MIYANAGA Aiko Courtesy of Mizuma Art Gallery
『ごんぎつね』『おじいさんのランプ』といった懐かしい童話で知られる新美南吉は、生前こんな言葉を残している。確かにナフタリンが守るのは大切な一張羅だ。宝物のような服を守る代わりに、空気に触れれば消えてなくなる。抜け殻のような包み紙だけを残して。
そんなはかなく移ろいやすい素材を、宮永愛子はアート作品に仕立てる。ナフタリンで作ったオブジェは温かな優しい光を放つ。そして、徐々に気化してゆく。ガラスケースの中に入れたものなら、ナフタリンが羽毛や雪の結晶のような形へ軽やかに生まれ変わる過程が分かるだろう。宮永の作品は一時の姿に執着しないのだ。
今回紹介する本作はナフタリンで作った椅子の彫刻を樹脂の四角柱に閉じ込めた。触れることのできない白い椅子は禁欲的な美しさをたたえる。樹脂の気泡がさらに神秘的に見せる。照明に照らされると、まるで何千年も前に深海に沈んだ椅子の亡霊のように荘厳だ。
面白い仕掛けもある。この作品の所有者にしか許されていないが、作品に貼られた小さなシールをはがすとナフタリンが気化して大気中に霧散してしまう。樹脂の中には空洞だけが残る。まさに「不在の彫刻」となる。
変化は恐怖するべきことか。違う。少なくとも宮永の作品は祝福している。変化を享受するべき権利として具現化しているのだ。封印が解かれた瞬間を想像してみればいい。きっと幸福の匂いがするはず。 (田尻秀幸)
宮永愛子 詩を包む
会場:富山市ガラス美術館 2・3階 展示室1-3
会期:開催中〜2024年1月28日(日)
開館時間:午前9時30分〜午後6時
(金・土曜日は午後8時まで。
入場は閉館の30分前まで)
観覧料:一般1,200円 (1,000円)
大学生1,000円(800円)
( )内は20名以上の団体、高校生以下無料
閉場日:第1・3水曜日
問い合わせ:TEL 076-461-3100
会場:富山市ガラス美術館 2・3階 展示室1-3
会期:開催中〜2024年1月28日(日)
開館時間:午前9時30分〜午後6時
(金・土曜日は午後8時まで。
入場は閉館の30分前まで)
観覧料:一般1,200円 (1,000円)
大学生1,000円(800円)
( )内は20名以上の団体、高校生以下無料
閉場日:第1・3水曜日
問い合わせ:TEL 076-461-3100
※令和6年能登半島地震による館内点検のため、富山市ガラス美術館は1月14日(日)まで休館しています