自宅の居間の様子を思い出してみる。青地の布で覆ったソファ、読みかけの歌集、買ったばかりの扇風機。他人に見せたくもない生活感ある空間が浮かぶ。しかし、そのイメージはいくつかの瞬間と視点が溶け合ったもの。複数の断片的な記憶を統合したものだ。時間と空間のズレが重なり合っている。

《Mori, Shades_dw_001》(部分) © Kenryou Gu courtesy of Yumiko Chiba Associates

 写真は違う。一瞬だけを、一場面だけを容赦なく切り取る。ごく普通にシャッターを切れば、どこに目を凝らしても光と影のズレなど生み出さない。

 幅9㍍、高さ3㍍という巨大な本作はそんな常識を覆す。流れる時間を織り込んでいる。一見すれば、草木が生い茂る深い森の写真。堅く太い木の幹ははっきりとした輪郭を浮かび上がらせるが、よく見ると風に揺らいだ葉っぱや草はぼんやりとしている。これは同じ場所で2秒ごとに撮影した16カットの写真のデータを組み合わせた結果だ。つまり写真の森は存在するが、写真のような一瞬は存在しない。

 写真には気が遠くなるほど細かい作業の痕跡が刻まれている。各カットからピクセル(デジタル画像の最小単位)の列を取り出し、糸のように配置した(作者はこの手法を「デジタルウィービング(デジタルの織り)」と名付けている)。プログラミングでも可能だが、作者はあえて手作業にこだわり、意図せぬ「誤動作」もそのまま残した。そんなほつれの存在も、いかにも織物らしい。作者が目にした景色と、時を経た身体性が交錯している。

 本作と共に撮影場所の異なるカットを編み合わせた作品も並べる。自然光を生かした展示のため、天候や時間帯によって作品の表情は変わる。これほどまでにスマホ上では得られない鑑賞体験ができる写真も珍しい。迷い込むほかない森が誕生した。(田尻秀幸)

アペルト18 顧剣亨 陰/残像
会場:金沢21世紀美術館長期インスタレーションルーム
会期:開催中〜9月18日
料金:無料
休場日:月曜日(ただし7月17日、9月18日は開場)、7月18日(火)
問い合わせ:TEL.076-220-2800