「阿」は、梵字の一番最初の文字で、万物の始まりを意味する。人類誕生の地であるアフリカを漢字表記すると「阿弗利加」。全ては「阿」から始まるのだ。

〈Mr.阿からのメッセージ第1信 第2信〉毛利武士郎 (1995年、真鍮、銅、ステンレススチール) 撮影:柳原良平

 

 それでは、本作のタイトルにある「Mr・阿」とは誰のことだろう。神様か。太古の人類か。それとも宇宙人か。いずれにせよ、現代人を超越した存在のように映る。こんなに緊張感にあふれ、秘密めいた作品をメッセージとして送ってくるのだから。

 一見、無機質で慎ましい光を放つ金属製の角柱。きらきらとしていたであろう真ちゅうは経年変化によって飴色を帯びる。よく見れば細い直線が走り、小さな穴も空いている。うっすらと円を描いた線も見える。それは一度円筒形にくり抜いた穴に、異なる金属の円筒を寸分違わぬ形でぴたりとはめ込んだ痕跡だ。人の手では不可能な精密な作業の成果だ。

 作者の毛利は手仕事に執着しなかった。本作は晩年、黒部に構えたアトリエで大型の工作機械を用いて制作したものだ。「かつて人類というものは、ものを作る、作業する、という時に持てる最大、最高、最新の武器を駆使して、これまで常に作業してきたと思うのです」という言葉も残している。

 ミニマルな造形には根源的な精神が宿る。しかし、それぞれの細部がどんな意味を持ち、どんな役割を果たしているのかは分からない。内部にどんな空間が広がっているかも、うかがい知れない。手がかりらしい手がかりがほとんど見当たらない中で、鑑賞者は作品について沈思黙考するほかない。正解がないままに「阿」から送信されたメッセージの内容をそれぞれに受け取るのだ。

 「沈黙の彫刻家」とも呼ばれた毛利は、仲の良い芸術家仲間にも作品の背景などを解説することはなかった。(田尻秀幸)

Kurobe Art Research vol.2
生誕100年 毛利武士郎と黒部

会期:開催中〜6月25日(日)
会場:黒部市美術館
休館日:月曜日
開館時間:午前9時30分〜午後4時30分(入館は午後4時まで)
閲覧料:一般500円(400円)、高校・大学生400円(300円)
※( )内は20人以上の団体料金 ※中学生以下無料 
※障害者等手帳をお持ちの方と付添1名無料
TEL.0765-52-5011