選者の宮本輝さんは、最終候補作のレベルが、この5年でまた一段階上がったと語る。60回を重ねた北日本文学賞に、全国の力ある書き手たちが挑戦している証しであり、この文学賞の成長を素直に喜びたい。

 今回の最終候補を選ぶ地元選考会は5時間に及んだ。突出して多くの票を集めた作品はなかったが、上位6編は比較的スムーズに決まった。

 入賞作「PoET」は、死者の思いを読み取る装置を介し、主人公が亡き父と向き合おうとする物語。装置の発明に関する資料的な文章が長く、読み手がついていけないとの不満も出たものの、抜きん出た文章力と、題材の新鮮さが高く評価された。

 「すみのはな」の浅野哲平は富山市職員として働く傍ら、5回目の挑戦で選奨に選ばれた。富山から受賞者が出たのは13年ぶり。書道教室に通う主人公の女子中学生は高校生という設定の方がふさわしかったが、少女の心の微妙な変化を捉えており、爽やかな読後感も好評だった。公平に審査しつつ、地元から受賞に値する作品が出ることを待ち望んできた選考委員の思いに応える結果となった。

 同じく選奨「声」は、主人公が障害を乗り越えようとする姿や、サンショウウオの声なき声の救いが好感を持たれた。

 最終候補入りを逃した中にも、惜しい作品があった。瀬崎虎彦「ユリとアネモネ」は、家族と離れて暮らす女性の寂しさに共感できるかどうかで意見が分かれた。南砺市出身の黒田季菜子「サヨナラバンパク」は、生きづらさを抱えた女性同士の友情や現代性を推す声はあった一方で、学習障害のある主人公の理路整然とした語りに違和感がぬぐえなかった。

 節目の今回、国内外から寄せられた作品は900編。9月から地元選考委員が一編一編、読み込み、1~4次選考を絞り込んだ。複数の委員が「全体的に水準の底が上がっている」と指摘。「特に1次選考で横並びの作品が多く、救うか落とすか、悩ましい」との声が聞かれた。選考が終わるまで自宅にこもり多くの応募作と向き合うため「この仕事を引き受けてから、秋を知らない」という委員も。選ぶ方は真剣勝負である。応募者にもぜひ、渾身(こんしん)の一編で挑んでもらいたい。=敬称略(生活文化部部長デスク・室利枝)