富山ゆかりの作家、宮本輝さんが選者を務める第60回北日本文学賞は、徳島市の尾野森生さん(58)の「PoET」に決まった。選奨には富山市安野屋町の浅野哲平さん(42)の「すみのはな」と、新潟県三条市の伊藤穂波さん(46)の「声」が選ばれた。国内外から900編が寄せられ、地元選考委員の林英子(第3回北日本文学賞受賞者)、八木光昭(元聖徳大教授)、吉田泉(県芸術文化協会名誉会長)、加藤健司(山形大教授)、近藤周吾(富山高専准教授)、高瀬紀子(第47回北日本文学賞選奨受賞者)の6氏と、楠北日本新聞社生活文化部長が最終候補作6編を絞り込んだ。贈呈式は24日、富山市のANAクラウンプラザホテル富山で行う。

受け止めることで前に 宮本作品で文学に目覚め

 生成人工知能(AI)が急速に普及する時代、もし故人の思いを再現できたなら―。入賞作は、そんな近未来な舞台設定。南海トラフ地震と津波が西日本を襲ったというSF要素を織り交ぜ、人の記憶と心の奥底を見つめる物語を作り上げた。

 主人公は、津波で父を失った岩田一芯。生前は折り合いが悪く、理解し合うことなく別れを迎えた。父が最期の瞬間に自分のことを語っていたと知り、遺品から「残留思念」を読み取るという装置「PoET」を通じて、その本心に触れようとする。開発者・河瀬とやりとりを重ねる中で、目を背けてきた父の存在と向き合う心の揺らぎを静かな筆致で描き出した。

 真実かどうか分からないものを、人はどのように受け止めるのか。物語は、あいまいな情報があふれる現代社会にも視線を向ける。「不都合なことからも目を背けず、受け止めることで、人は前に進めるはず。主人公には、そうあってほしかった」

 執筆のきっかけは、数年前に見た夢だった。津波にのまれ、命が断たれる―。目覚めた後、人生の最終局面で抱いた感情や意識は、決して他者には伝えられないという実感が強く残った。残留思念という発想に想像を巡らせ、故人の思いを知る装置「PoET」の着想が生まれた。

 50歳で小説を書き始め、徳島文学協会に所属。とくしま文学賞随筆部門で最優秀賞に選ばれるなど、着実に筆力を付けてきた。北日本文学賞に初挑戦した前回は2次選考を通過。2度目の応募で届いた吉報に「最終候補に残り、宮本輝先生に読んでもらえればと思っていた。作品が評価されて素直にうれしい」。

 もともと文学少年ではなかった。グラフィックデザイナーとして米ニューヨークで働いていた30代の時、仕事で知り合った日本人男性から宮本輝さんの「優駿」と「春の夢」を手渡された。「人の温かさや、生きる勇気が胸に迫った」。宮本作品と出合ったことで、小説を読む喜びを知り、自ら物語を書くことに目覚めた。

 本を薦めてくれた男性は、8年ほど前に亡くなった。「『宮本輝に選ばれましたよ』と、彼に伝えたい」。感謝と祈りが、言葉の奥ににじんだ。

◆プロフィル◆ おの・もりお 1967年大阪府生まれ。日本大国文学科を中退し、都内のデザイン専門学校を卒業後、グラフィックデザイナーとして活動する。

2月1日に入賞作ラジオ朗読 選奨2作は2月11日

 選奨作「すみのはな」は7日(水)、同「声」は8日(木)に全文と受賞者インタビューを掲載します。

 ラジオ朗読番組でも受賞作を紹介します。入賞作「PoET」はKNBラジオで2月1日(日)午後3時から、選奨の2作は同11日(水・祝)午後3時から富山シティエフエムとエフエムとなみで放送します。

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