映画「人間の條件」や黒沢明監督の「影武者」などに主演した日本を代表する俳優で、主宰する「無名塾」で後進の育成に力を注いだ文化勲章受章者の仲代達矢さんが11月8日、東京都内で92歳で死去した。

 南砺市西明出身の農業研究家、稲塚権次郎の生涯を描いた映画「NORIN TEN~稲塚権次郎物語」(稲塚秀孝監督、2015年公開)では、晩年の権次郎を演じた。これに合わせ、北日本新聞は同年、東京都内の無名塾で仲代さんにインタビューを行った。仲代さんは富山の印象、役者を志した経緯、演技論などを存分に語ってくれた。当時の記事を再構成し、訃報に接した記者の思いも併せて掲載する。

北日本新聞のインタビューに答える仲代さん=2015年、無名塾

 ー権次郎さんをどう演じようと思われましたか?

 世界に通じる仕事をした権次郎さんですが、偉人らしくない極めて普通の人に思えました。だから、演じるというよりも普通の人になろう、と思いました。稲塚監督には、この映画に入る前に、ドキュメンタリー映画を撮ってもらっています。そのとき、ごく自然に、カメラがいることを意識させないように撮影してくださったんですね。だから、ドキュメンタリーのときと同じように、自然に、素朴に、と思っていました。私も62年間役者生活を送ってきて、映画は160本、芝居は60本に出てきましたが、どこか「天然」なところがあります。だから私との共通点もあるのかな?と思って…。どうせ仲代達矢が演じることには変わりがないのだから、権次郎さんは自分自身だと思って自然体でいることに徹しましたね。

 いま、農業のことが大きな話題になっていますよね。TPPとか農業改革だとか、後継者のこととか、いろいろありますよね。そんなときに、世界の食糧危機を救ったすごい日本人として演じると、何だか虚構になってしまうとも思ったんです。いま振り返ってみても、「芝居をした」という感じはないですね。一番のポイントは、「天然」ということかもしれません。

 ー役に扮するということはどういうことでしょうか?

 役者も80歳を過ぎると「役を借りて、自分を暴露する」というか…。権次郎的性格を通じて、仲代達矢の本質を暴露するようなことをしましたね。何しろ私は画家のゴッホまでやっちゃいましたから。たとえば、時代劇ではちょんまげを結うとか、武士だと二本差しをするとか型がありますけど、今回は「もういいや、私が権次郎さんになりますよ」と思ったんです。実在の人を演じるのは難しく、ある意味緊張するものです。権次郎さんのことを知っている人がまだ大勢地元におられるわけだし。だから「仲代達矢が権次郎さんを演じますよ」と宣言しましたね。

引っ込み思案克服へ詩を電車内で

 ー仲代さんが役者を志したきっかけは何でしょうか?

 私は1932(昭和7)年生まれですから、終戦のときは12歳でした。父を早くに亡くしていましたから貧しかったです。高校は夜間の定時制に通いながら、学校の用務員を始めて、アルバイトもたくさんしました。映画が好きで、飯を食うのを我慢してでも、年間300本近く見ました。ジョン・ウェインやジャン・ギャバンがかっこよくて、映画のパンフレットやキネマ旬報も読みあさりました。僕にとって映画館は教室と言っても過言ではありません。ベルが鳴って会場がざわつき、幕が開いてスクリーンが映し出されるワクワク感はたまりませんでしたね。

無名塾には映画のポスターがびっしりと張られていた

 あるとき、競馬場で一緒にアルバイトしていた先輩が「仲代、お前は顔がいいから、俳優になったらどうだ」と勧めてくれたんですね。その前はボクサーを目指してジムに通っていましたが、このまま殴られっぱなしで60まで続けるわけにはいかないよな(笑)と思って、3カ月目でやめたところでした。俳優なら長くできるかもしれない、と本気で考えました。映画のパンフレットに主役のプロフィールが載っていますが、マーロン・ブランドもマリリン・モンローも「俳優学校」というところで演技の勉強をしていることがわかったんです。それで早速、その当時は唯一の俳優学校である俳優座養成所を受けました。50人の定員に1000人ほどの応募ですから、20倍の倍率を通過して入学したことになります。

 でも私は根っからの引っ込み思案で、学校で写真を撮るときはいつも友だちの陰に隠れる方でした。だから、まずこの性格を直そうと考えました。

 当時、通学に利用していた京王線の電車のなかで「私は俳優を目指しています。これから詩を読みますから、聞いてください」と大きな声を出して詩を読んでいました。電車に乗っている人は眠いでしょうから、「うるさい」とか言われましたが、それを半年くらい続けたら、引っ込み思案な性格は直りましたよ。

 ー仲代さんにとって映画とは何ですか?

 映画は娯楽ですけども、映画を通じて「啓蒙する」ことも大事だと思うんですよ。

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