戦後80年の節目に、富山県富山市の書家で北日本新聞カルチャー教室講師の長坂石泉さん(76)が、広島市出身の被爆作家、原民喜(1905~51年)が手がけた原爆の文学作品を題材にした書を公募展で発表している。若くして戦死した義父への鎮魂の思いを筆に込め、平和への祈りを新たにしている。

 長坂さんは自宅リビングに今も大切に飾ってある1枚の遺影を、毎日目にしている。夫の邦保さん(83)の父、伊造さんの写真だ。終戦間際にフィリピンで戦死し、当時の年齢や死亡した日時など詳細は伝わっていない。父の記憶はないが、邦保さんは約50年前に最期の場所になったとされるフィリピンの島を訪問。「ここで死んだのかと思ったら、何とも言えない感情が湧いた」と振り返る。

 夫のこうした姿を間近に見てきた長坂さんは戦後80年の今年、平和を願う作品を書こうと決めた。原民喜は自らの被爆体験を基にした多くの小説や俳句、短歌を残しており、長坂さんは著書の中から、俳句「炎の樹雷雨の空に舞上る」と、詩「コレガ人間ナノデス」を選んだ。

 コレガ人間ナノデス 原子爆弾ニ依(よ)ル変化ヲゴラン下サイ-。特に詩は、カタカナと漢字だけで構成され、民喜の怒りがあふれている。長坂さんは鋭い筆致で力強くその世界を表現し、縦約2・5メートル、横約60センチの大作に書き上げた。

 俳句は、6月に県民会館で開催された「第80回県展」で発表。詩の作品は8月3日まで、東京の国立新美術館で開催中の「第76回毎日書道展」で展示されている。

 長坂さんは「義父は20代で戦死したと聞いており、さぞ無念だったと思う。書を通じて、戦争の残酷さや理不尽さを再認識してほしい」と話している。