信長の死 真相探る若侍/読者の皆さんと謎共有

 直木賞作家、今村翔吾さんの連載小説「未(いま)だ本能寺にあり」が28日、本紙でスタートする。「信長の遺体の所在を突き止めよ」。本能寺の変の後、豊臣秀吉から重要な任務を与えられた若武者を主人公とする新しい歴史ミステリー。今村さんは「読者の皆さんと謎を共有できる書き方を目指す。一緒に謎解きの面白さを味わってほしい」と話している。

 これから始める小説は、いわば歴史ミステリー。日本史における最大級の謎、本能寺の変の真相を解明する物語です。

 本能寺の変をテーマとする場合、そこに至るまでを語ることが多いと思います。しかし、この物語の幕開けは天正10年6月19日。つまり本能寺の変から17日、山崎の戦いから6日が経過しています。しかも清須会議の8日前。見過ごされがちな、ある一日です。

 主人公は17歳の若侍、駒井八右衛門重勝(しげかつ)。謎解明の「探偵役」を誰にするかと考えたとき、彼がふさわしいと思いました。のちに「駒井日記」という、歴史家にとって貴重な史料を残していますし、若くして大津奉行などを務めますから、才気あふれる人物であったことは間違いありません。名だたる武将ではなく、フレッシュな若者を主人公に据えることで、本能寺の変の既存のイメージをリセットし、駒井の視点で新たに捉え直す。読者と私が同じ目線で謎に迫っていく―。そんなことを試みたいのです。

 しかもこの探求のゴールは本能寺の変の動機の解明ではなく、信長の亡骸(なきがら)のありかを探り当てること。謀叛人(むほんにん)・明智光秀を討った秀吉が是が非でも見つけ出したいのは、信長の死の物証です。それをやり遂げる者として、秀吉は駒井に白羽の矢を立てました。

 ずば抜けた記憶力を持つ駒井は取材者となって、本能寺で信長の傍らにいた何人かに聞き取りをします。その場面を人物ごとに一人称で書き分けようと考えているのですが、小説を一人称で紡ぐのは私にとって初めての挑戦。また、このスタイルから本作は「インタビュー小説」とも言えます。

 それぞれの語り手によって、本能寺の変にまつわるあらゆる仮説を網羅し、最後の人物の語りでそれらすべてが一つの結論に集約される―。そんなストーリーを構想しています。おそらく最終章まで読者に答えはわからないはず。逆に最終章まで、できる限り皆さんと謎を共有できる書き方を目指しています。導き出される結論は、おそらくこれまで誰にも考えられなかったもの。駒井と一緒に謎解きの面白さを味わってください。

 新聞小説は、もちろん毎日が締め切りですから苦労ではありますが、独特のライブ感があって私はとても好きなのです。私が書いた1日分の原稿が1日分として読者に届き、新聞受けから取り出され、小説欄が載る面が広げられる。その一連の動きを鮮やかに思い描くことができます。そして、紙を通して「こう読まれている」という気配が感じられる。週刊誌や月刊誌にはない、毎日の新聞小説を書くことでしか得られない肌感覚です。読者と作者の間に生じるリズムによって、一つの作品を共同で創り上げていく感覚と言えるでしょうか。

 敬愛する先輩作家の北方謙三さんから「すべての読者のためでなく、お前の中の一人の読者に向かって書け」と教わったことがあります。私は今日も、その一人のために書き続けます。(談)

◆いまむら・しょうご◆ 1984年京都府生まれ。2017年「火喰鳥(ひくいどり) 羽州ぼろ鳶(とび)組」でデビュー。同作で歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞。18年「童神」(刊行時「童の神」と改題)で角川春樹小説賞を受賞。20年「八本目の槍」で吉川英治文学新人賞受賞。21年「羽州ぼろ鳶組」シリーズで吉川英治文庫賞受賞。22年「塞王(さいおう)の楯(たて)」で直木賞受賞。