始まりは遊びだったという。スキージャンプの「体験会」。子どもたちがスキーを履き、雪の上を飛ぶ。それをきっかけに、小学2年になった息子は父に告げた。

 「僕やる」

 競技の道を選ぶと決めたのだ。かつての自分と同じように。

 決意を聞いた二階堂学さん(59)はこう返した。

 「じゃあ父さん、おまえを世界に出すまで面倒見るからな」

 あれから約15年後、父子の思いは結実する。

 2月9日、ミラノ・コルティナ五輪の男子個人ノーマルヒル。会場は、学さんが選手として出場した世界選手権と同じプレダッツォ。その特別な場所で、二階堂蓮(24)が見事な飛躍で銅メダルを獲得した。14日のラージヒルでは銀メダル。2回とも、学さんは息子と強く抱き合った。

 「本当、蓮にありがとうです。35年ぶりにこの地に戻ってきて、それが偶然オリンピック。初出場でメダル獲得、もう100点満点です」

 学さんの脳裏にさまざまな思いが湧き上がったという。ここまで、決して平たんな道のりではなかった。(共同通信=石川悠吾)

 ▽「父さん嫌い」とずっと言っていた

 蓮がジャンパーになるためのトレーニングは、簡単ではなかった。

残り1692文字(全文:2177文字)