愛知県名古屋市内で開催中の「第1回あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル(ANIAFF)」で13日、愛知県出身の谷口悟朗監督による『スクライド オルタレイション TAO』『スクライド オルタレイション QUAN』『BLOODY ESCAPE -地獄の逃走劇-』の3作品がオールナイト上映された。

【画像】津久井教生さんへのメッセージボード

 上映前には、谷口監督と声優の倉田雅世が登壇するトークイベントが行われた。谷口監督は前半40分、休憩を挟んで後半50分にわたり、アニメ制作の現場や業界構造、創作論など多岐にわたるテーマについて語った。歯切れのいい言葉と次々に繰り出される具体例、谷口監督の“マシンガントーク”に観客は引き込まれていた。

■自分はアニメ界で一番“無能”

 『コードギアス』シリーズや『プラネテス』『ONE PIECE FILM RED』などの人気作品を手がけてきた谷口監督だが、こんな言葉で自身のキャリアを振り返った。

「私はよく“アニメ界で一番無能なのは自分だ”と言っています」

 その語り口は率直で、どこか挑発的でもあった。

 「声優のように芝居ができるわけでもない。脚本家のように物語を書けるわけでもない。絵が描けるわけでも、美術や撮影ができるわけでもない。突出した専門技術が、自分には何もない。出身も、当時は決してメジャーとは言えない制作会社(J.C.STAFF)。サンライズや東映アニメーションのような大看板も、人脈も、後ろ盾となる先輩もいなかった。完全にマイナスからのスタートでした」

■「全部で20点ずつ取ればいい」という発想

 それでも、演出家、監督になるには、「普通に頑張るだけでは足りない。では、どうするのかを考えた」。あるとき、谷口監督は一つの結論にたどり着いたという。

 「作画で100点を取れる人はいる。脚本で100点を出せる人もいる。だが、自分はどの分野でもせいぜい20点か30点。ならば、その20点を積み重ねればいい」。

 作画、脚本、音響、撮影、美術、宣伝、営業、制作、会社経営――それぞれのセクションで20〜40点ずつ理解し、話ができるようになる。

 「特効には特効のプライドがある。音響監督には音響監督の理屈がある。ミキサーにも、効果音にも、声優にも、それぞれ事情と考え方がある。それらをすべて理解し、橋渡しができる人間になること。それが、自分にしかできないやり方だった」と語った。

■結果を出し続けるための“判断”と“挑戦”

 企画が途中でとん挫するなどして、転がり込んできた『無限のリヴァイアス』で結果を残し、次につなげる足場を作った。『スクライド』では、オリジナルアニメで自分たちの表現を前面に出した。『プラネテス』では、原作と正面から向き合い、海外にも届く作品を目指した。そして『コードギアス 反逆のルルーシュ』は、最初から「大ホームランを狙え」と求められた作品だった。

 『コードギアス~』の成功を経て、「ここで一度、テレビアニメへの恩返しは終わった、という感覚がありました」。それ以降は、より広い層、より世界を意識した挑戦へと向かっていく。CGアニメーション、ゲームとの連動、海外市場を見据えた企画。すべては「生き残るため」に「広げる」ことを選択していった結果だったという。

■203億円のメガヒット『ONE PIECE FILM RED』の裏話

 一方で、「製作側から求められた“第一項目”は、ほぼすべて達成しているはずです」という自負もある。それは売上目標のこともあれば、技術的な実績づくりの場合もある。『ONE PIECE FILM RED』についても、谷口監督は当時の状況を率直に振り返った。

 「FILM RED で私が責任を持ったのは、“100億円超え”という目標でした。でも、正直に言えば、当時は『何言ってるんだ』という感覚でした。東映の作品で、100億円を超えた映画は一つもなかった。つまり東映史上最高成績を出せ、というオーダーなんです。仕事としては、かなり無茶な要求ですよね」

 そのため、宣伝面でも従来のやり方を踏襲するわけにはいかなかった。

 「当時はかなり踏み込みました。宣伝班が出してくるプランも、ほとんどNGを出しました。今までと同じ宣伝の仕方では、40億、50億くらいはいくだろう。でも、『それでどうやって100億に届くんですか』という話になる。当時、Adoさんを起用することにも反対意見は多かった。『うっせぇわ』のイメージが強くて、歌詞と本人のイメージを重ねてしまう人も少なくなかったですから。たまたまですが、原作者の尾田栄一郎くんと意見が一致して、最終的に周囲が折れた。あれも一つのチャレンジだったと思います。ただ、興行の世界は、何が跳ねるかは本当に分からない。でも挑戦しなければ、結果は生まれないんです」

 結果的に大胆な判断が実を結んだが、「203億円超は、完全に計算外。観客の力です」と感謝を伝えた。

 2024年に公開された実写作品『室井慎次 生き続ける者』では、無線シーンの演出にも携わった。本広克行監督とは日本映画学校の先輩後輩の間柄だったこともあり、音声収録がうまくいかないという相談を受け、関係者の調整やサポートに回った。「久々に実写の現場を見て、今の撮り方を知れたのは面白かった」と振り返り、「アニメと実写は最終的に表現として合流していく」と持論を述べた。実写の存在感を取り込むアニメ、アニメ的発想を持ち込む実写。その試みは、すでに始まっていると話した。

■ガンダムだけはやりたくない!?

 来年(2026年)は、『スクライド』25周年、『コードギアス』20周年を迎える。周年企画については、「正直に言うと、制作会社の担当者次第です。誰かが本気で動かないと、企画は動かない。監督が独断で進めれば問題になる。だからこそ、ファンの“声”が現実的な後押しになる」と呼びかけた。

 観客とのQ&Aでは、「『スクライド』が人生を変えてくれました」と言葉が寄せられ、「今、言っていただいたことは、実は私がアニメの仕事を続けている理由の一つでもあります。ありがとうございます」と前置きした上で、表現が持つ力についてユーモアを交えて語った。

 「漫画も、アニメも、映画も同じかもしれませんが、作品を観た人の生き方に新たな指針が生まれたり、進む方向が少し変わったり、そうした力を表現というものは確かに持っていると思う。一人の人間の考え方や生き方に大きな影響を与えるものというのは、突き詰めると宗教のようなもの。だからこそ、そういう声を直接聞けるというのはうれしいことでもあるのと同時に、大変申し訳ございませんでした」

 また、「谷口監督のガンダムが見たい」という声には、率直な本音を返した。「サンライズにアルバイトから正社員として所属していた時期があるのですが、入る時、ガンダムだけはやりたくないと言いました」

 当時すでに完成されすぎた“型”があり、その型に縛られることを避けたかったという。現在、バンダイナムコフィルムワークスには「ガンダム」「ラブライブ」「コードギアス」という三本の柱があり、自分はギアス側にいる以上、ガンダムをやる理由がないと語った。

 最後に、来年公開の新作映画『パリに咲くエトワール』(2026年3月13日公開)についても触れ、「音楽は服部隆之さんにお願いし、オーケストラをしっかり組んで制作しました。映画館で観てほしい作品です」とアピールし、約90分にわたるトークイベントは締めくくられた。

 会場には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病を患い、闘病中の声優・津久井教生へのメッセージボードが設置されていた。谷口監督は来場者に向けて、「ご本人はもちろん、ご家族の方々も、十分に頑張っておられると思います。そこにもう一つメッセージが届くことで、『今日を生きよう』『明日を生きよう』という力につながるのであれば、意味があるのではないでしょうか」と呼びかけた。その言葉に応えるように、メッセージを寄せるファンの姿が見られた。