富山ゆかりの作家、宮本輝さんが選者を務める「第59回北日本文学賞」(副賞100万円)は大阪市のフリーター、岡本佳奈さん(35)の「月と鱧(はも)」に決まった。選奨(副賞30万円)には兵庫県西宮市の主婦、つくしさん(77)の「子供を売る男」と、千葉県浦安市の会社員、すずきあさこさん(46)の「ちび丸の背中」が選ばれた。国内外から880編が寄せられ、地元選考委員の林英子(第3回北日本文学賞受賞者)、八木光昭(元聖徳大教授)、吉田泉(県芸術文化協会名誉会長)、加藤健司(山形大教授)、近藤周吾(富山高専准教授)、高瀬紀子(第47回北日本文学賞選奨受賞者)の6氏と関口北日本新聞社生活文化部長が最終候補作6編を絞り込んだ。贈呈式は25日、富山市のANAクラウンプラザホテル富山で行い、正賞の記念牌などを贈る。

心の機微を等身大で 「クスッと笑ってもらえたら」

 2020年に初めて応募した作品が最終候補に入り、翌21年には選奨を受けた。「三度目の正直」の今回、念願の北日本文学賞を射止めた。「階段を1段ずつ上ってここまで来た感じがする。挑戦して良かった」とほほ笑む。

 小説の創作を始めたのは20歳の時。25歳からは本格的に執筆を学ぼうと、作家の田辺聖子さんらを輩出した大阪文学学校で3年間学んだ。現在は飲食店で働きながら、原稿用紙150枚以上の中編を中心に書き、年に2、3作のペースで公募文学賞に挑戦している。19年に大阪女性文芸賞を受賞し、23年には集英社の「すばる文学賞」で最終候補に残るなど、着実に力を付けてきた。

 北日本文学賞へは、選奨受賞以来3年ぶりに応募した。久しぶりに書く短編の構想を練っていた昨年春、入賞作が元日の紙面に掲載されることを思い出した。能登半島地震や羽田空港での航空機衝突事故から、ちょうど1年となる正月。多くの人が悲しい記憶を思い出すタイミングに、自分ならどんな物語を読みたいか―。そうイメージしながら書き上げたのが、入賞作の「月と鱧」だ。

 派遣社員の舞子を主人公とした一人称小説。仕事帰りに商店街で買い物したり、ワンルームマンションで料理をしたり、音楽をかけながらトイレの電球を交換したり…。43歳の舞子の、何げない「オフ」の日の姿が、日記のようにつづられる。一文をできるだけ短くし、テンポ良く読み進められるよう気を配りながら、1人暮らしの女性が人知れず抱える不安や孤独感、暮らしの中のささやかな幸せといった心の機微を等身大で描き出した。

 舞子の挙動や言動は、やや鈍くさくも憎めない。読み手が「あるある」とうなずいてしまうような日常のシーンも、随所にちりばめた。「つらい思いをした人を励まそうとか、寄り添いたいとか、そんなおこがましいことを言うつもりはない。ただ、少しでもクスッと笑ってもらえたら」

 自身も大阪市内で1人暮らしをしており、自らと境遇や性格が重なる女性を主人公とすることが多い。町で見かけた人やもの、友人との雑談など、日々の生活の中から小説の題材を拾い集めている。作中に登場する店「八百魚」は、自宅の近所にある行きつけの店をモデルにした。舞子がぎっくり腰に苦しむくだりも、実体験に基づいたものだ。

 「今後も自分の好きなものや身近なモチーフを書き続けたい」としつつ「自分とは全然違ったおじいさんが主役の物語も、いつか書いてみてもいいかも」とも話す。受賞を原動力に、さらなる創作意欲をにじませた。

◆プロフィル◆ おかもと・かな 1989年神戸市生まれ。高校中退。2021年第55回北日本文学賞選奨。

2月2日に入賞作ラジオ朗読 選奨2作は2月11日 

 ラジオ朗読番組でも受賞作を紹介します。入賞作「月と鱧」はKNBラジオで2月2日(日)午後4時から、選奨の2作は同11日(火・祝)午後3時から富山シティエフエムとエフエムとなみで放送します。

 選奨作「子供を売る男」は1月8日(水)、同「ちび丸の背中」は同9日(木)に全文を掲載します。

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