漫才師の東京太さんが、肺がんのため2日に亡くなった。82歳だった。12日、落語芸術協会が発表した。
同協会は「令和8年2月2日(月)午後6時30分、当協会所属の漫才師 東京太(本名:菅谷利雄 すがや としお)が肺癌のため逝去しました。享年84」と伝えた。
東京太さんは1943年7月21日、東京都台東区に生まれ、戦中戦後の疎開により栃木県真岡市で少年期を過ごし、61年松鶴家千代若・千代菊師に入門。翌年には「鶴田松夫・竹夫」を結成し、63年から85年にかけては「東京二・京太」として活躍し、東京漫才界の発展に大きく寄与した。 解散後は漫談、司会、競輪評論など多方面で才能を発揮。しかし漫才への思いは断ち切れず、93年にゆめ子夫人とともに夫婦漫才コンビ「東京太・ゆめ子」を結成。 栃木弁を生かした温かみのある語り口と、夫婦ならではの息の合った掛け合いは多くの観客に愛され、寄席に欠かすことのできない存在だった。
その芸風は高く評価され、2010年文化庁芸術祭大衆芸能部門において大賞受賞。25年6月にゆめ子夫人が亡くなった後も、漫談で高座に上がり続けた。
同協会は「当協会においても、参与として長きにわたり指導役をつとめ、後進の育成にも尽力。舞台上での温かな笑いや穏やかな人柄、生涯を通じて芸に真摯に向き合う姿は、仲間内にも愛され厚く尊敬をされていました。 昨年のゆめ子先生に続き、京太先生まで旅立たれてしまったことは深い喪失感に包まれ、悔やんでも悔やみきれません。 最後の出演は令和7年11月15日、東洋館「漫才大行進」でした。葬儀は近親者にて執り行われました」との声明を伝えている。