「いくら消しても後退するしかない。今までそんな経験はなかった。火の勢いが強く、消防の力が負けていた」。石川県輪島市にある朝市通り一帯の消火に当たった輪島消防署の出坂正明署長(60)はうなだれた。水も人員も足りず、拡大する火の手。昨年元日の能登半島地震で焼失した一帯の火災現場であの時、何が起きていたのか。居合わせた消防隊員や警察、市役所職員らの証言で振り返る。(肩書は当時、共同通信=乾真規)

 ▽断水、地盤隆起

 「白い煙が見える」。朝市通りから1キロほど西の自宅にいた輪島市朝市組合の関山俊昭さん(74)は地震発生から20分ほどたった1月1日午後4時半ごろ、朝市方面の異変に気づき、現場へ向かった。途中、「ボン、ボン」と火がプロパンガスに引火する音が何度も聞こえた。

 消防が火災を覚知したのは午後5時23分。下敷きになった住民の救助などでたまたま近くにいた輪島消防署の中村勝之さん(44)の乗る消防車は、3分後に現場へ先着。「着いた時には最盛期だった」。すぐに水の確保に着手するが、断水で消火栓が使えない。「ならば川だ」。見ると、隆起により明らかに川の水位が低くなっている。なんとかホースで取水した。

 25分後には二台目の消防車が到着。隊員の上原満さん(49)らは水利確保のため近くの防火水槽を使おうと試みたが、倒壊家屋に阻まれた。やむを得ず川から水を引っ張り、「違う角度から放水を開始した」(上原さん)。

 ▽人も水も足りず

 輪島警察署の林大貴巡査部長(33)と沢田晴人巡査(22)は地震発生時、市役所近くをパトカーで巡回中だった。署は混乱状態で連絡がとれない。即座にヘルメットや手袋を身につけ、近隣住民の見回りへ向かったが直後、目の前で真新しい家が倒壊した。

 やがて津波警報が鳴り響き、住民を誘導しつつ市役所の屋上へ避難。遠くを見渡すと、朝市方面が赤く燃えている。「火事だ」。2人は急いで火災現場へ向かった。

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