伊賀上野地震、被害記す文書発見 奈良の寺、余震で報告遅れ 2024年12月26日 16:06 有料会員限定記事 幕末の嘉永7(1854)年に三重県や奈良県周辺で千人を超える死者を出したとされる「伊賀上野地震」の被害を伝える古文書が、奈良県山添村の観音寺で26日までに見つ... 残り483文字(全文:563文字) この記事は有料会員限定記事です。 ログイン サービス詳細を見る ご案内 この記事を読むには北日本新聞パスの会員登録と以下のパックかプランの申し込みが必要です。 北日本新聞を定期購読している方、これから定期購読を希望する方は新聞購読コース 新聞ウェブパック(追加料金なし) 新聞プレミアムパック もっと詳しく webunプラスの利用だけをご希望の方はデジタルコース マガジンプラン ニュースプラン プレミアムプラン もっと詳しく この機能は会員限定です。 お気に入りの記事を保存し、マイページで読むことができます。 ログイン 会員登録はこちら