2018年12月、富山市でデイサービスを経営する元警察官、江口実さん(84)は妻の富子さん(79)と一緒に入居者たちの朝食を準備していた。ふと見ると、4人の男が土足で入ってくる。4人は江口さんを見つけるといきなり羽交い締め。引きずるように連れ出し、外に止めてあった民間の救急車に無理やり押し込んだ。
車に5時間半も乗せられ、たどり着いたのは栃木県の報徳会宇都宮病院。何が何だか分からない。
「まるで拉致監禁。突然羽交い締めにされ、精神科病院に閉じ込められた」
江口さんに精神疾患はない。それなのに強制的に入院させられ、「刑務所以下の生活」を送ることになった。
「医療保護入院」を巡る深刻なトラブルが相次いでいる。江口さんはなぜこんな目に遭わなければならなかったのか。そして誰の仕業だったのか。探っていくと、精神科医療を巡る深い闇が見えてくる。(共同通信=鷺森葵)
▽薬を投与され、失禁やふらつき、文字も書けなく…
病院に着いた江口さんは車いすに乗せられた。「必要な検査は受けなかった」という。「『酒を飲んで暴れるだろう、認知症だろう』って、まったく事実無根のことを言って責め立てるんです」
すぐに医療保護入院となった。この制度では、精神保健指定医1人が必要と判断し、家族の同意が得られれば本人の同意がなくても強制的に入院させられる。
入院に同意した家族は、遠くに離れて暮らす長男。江口さんとは金銭を巡ってトラブルになっていた。
江口さんは閉鎖病棟に入れられた。個室にあるのは簡易ベッドとトイレのみ。手の届かない高さに小さな窓があった。「(警察官時代に見た)刑務所のほうがきれいだった」。向精神薬を投与され、その副作用で物が二重に見える。失禁したり、ふらついたりした。文字も書けなくなった。
終わりの見えない入院生活に、江口さんは絶望した。
「今も苦しみが心の中に染みついている。思い出したくもない。病院には不信感しかない」
富子さんと次男が退院を求めたが、病院は認めない。
「長男が同意しない限り、退院はさせられない」
2人はなんとか長男を説得し、退院が実現した。入院は37日間に及んだ。
当時の苦しみを、江口さんは今も周囲に打ち明けることができない。「暗いことを話すと家内も暗くなるから、悲しくて仕方ないけど心の中にしまっている」
▽病院に300万円の賠償命令
退院後、江口さんは慰謝料を求め病院を訴えた。
今年5月の宇都宮地裁判決は、病院が必要な検査をすることなく「老年期認知症妄想型」と誤診したとして違法入院と認定。「違法に身体の自由を侵害した」と判断し、本来なら支払う必要がなかった診療費用のほか、デイサービスの経営継続を断念するなどの精神的苦痛も含め、病院に約300万円の支払いを命じた。判決はその後確定している。
病院は判決を受けてこうコメントしている。
「本件のような過誤がないよう研修等で徹底して行きたい」
しかし、どうしてこんなに恐ろしいことが日本で実行できたのか。