2024年9月下旬、北海道釧路市の百瀬邦和(ももせ・くにかず)さん(73)は標茶町の「ジュンちゃん牧場」を訪れた。視線の先にいるのは、白と黒の翼を折りたたんだ10羽ほどのタンチョウ。牧場の盛り土のそばで悠然とたたずんでいた。「丹頂」の名が示す通り、頭頂部は鮮やかな赤色。そのわずか5メートル先の牛舎では、多くの牛が鳴き声を響かせる。今や道東の「日常」風景だ。

 乱獲や生息地の開発で絶滅したと考えられていたタンチョウが、北海道・釧路湿原で再発見されたのは約100年前のことだ。その後、官民を挙げた保護活動が進み、近年は1800羽が確認されるまでに回復した。希少種保護の成功例として喜びの声が上がるが、一方で農家の畑を荒らしたり、交通事故が増えたりと、人との間で「摩擦」も生まれ始めている。「共生」を模索する人々を追った。(共同通信=大日方航)

 ▽牧場に現れる「地域のシンボル」

 百瀬さんは釧路市のNPO法人「タンチョウ保護研究グループ」の理事長を務める。この団体は1983年に発足した前身団体から40年超、活動を続けてきた。生息数の把握に加え、野生のひなに足輪を付け、生態や寿命を分析している。

 「ジュンちゃん牧場」を訪れた目的は、タンチョウの行動調査だ。取材に訪れた記者の乗った車が近づいたのを警戒したのか、距離を取るタンチョウ。軽く羽ばたきながら泳ぐように盛り土を登った。約15年前、この牧場に姿を現すようになったタンチョウは、当初一つがいを見かける程度だったが、今は70~80羽が牛の餌目当てに集まることもある。

 タンチョウは雑食性。飼料用トウモロコシや、穀類、植物の芽や実をつつくほか、水辺では小魚やカエル、湿原では昆虫やミミズなども食べる。

 牧場の斎藤丈(さいとう・たけし)社長(60)は淡々と話す。「来るなら来るでいいし、来ないなら来なくてもいい」。その一方で好意ものぞかせた。「やっぱり地域のシンボルだよね」

 ▽進む保護活動、絶滅危険度も引き下げ

 乱獲や生息地の開発で絶滅したと考えられていたタンチョウが、釧路湿原で再発見されたのは1924年。その後官民を挙げた保護活動が進み、タンチョウ保護研究グループによれば、東部を中心に道内で冬季確認された数は、1952年度の33羽から2023年度の1800羽にまで増えた。

 国際自然保護連合(IUCN)は2021年、主に日本での個体数増加を理由に、3段階で示す絶滅の危険度を2番目から3番目に引き下げた。だが給餌に依存する現状を踏まえ、関係者からは「野生と言えない状態で引き下げは時期尚早」と批判の声が上がる。

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