恩田陸さんの「失われた地図」は、旧日本軍に縁の深い土地に「裂け目」が生じ、そこから「グンカ」と呼ばれる記憶の化身が群れをなして出てくるという、6話から成る怪奇風味の小説。角川文庫のカバーには「魅惑の幻想ファンタジー」とある。(共同通信=松本泰樹)
第1話「錦糸町コマンド」では、JR錦糸町駅(東京都墨田区)南側の公園に裂け目が現れる。駅の南口はかつて、歌人で小説家の伊藤左千夫が経営する牧舎と自宅があった場所で、彼の歌碑も立っている。
裂け目を封じる能力を持つ鮎観と遼平、遼平のおい浩平は駅ビルの外で合流する。遼平が得た情報によれば、裂け目は駅北側にある錦糸公園の半径2キロ以内だという。東京スカイツリーを望む憩いの場となった公園には、旧陸軍の糧秣敞(りょうまつしょう)倉庫(兵員と軍馬の食料を貯蔵する建物)があった。
鮎観たちは裂け目から流れてくる風を読んで駅の南へ歩き、ビルに囲まれた錦糸堀公園へ入った。一角には「本所七不思議」の一つ「置いてけ堀」にちなみ、釣り人に「置いてけ、置いてけ」と声をかけたというカッパの像が立つ。この辺りはカッパが好みそうな堀も多かった低地で、園内には海抜マイナス0・3メートルと書かれた表示板がある。
小説では、空が暗くなり、異形の女が現れたと思うと、軍服姿のグンカが湧き出てきた。公園全体が裂け目だったのだ。鮎観たちはグンカを撃退し、遼平が髪に挿していたかんざしを抜いて裂け目を縫い合わせた。
錦糸堀公園にほど近い田螺稲荷神社には、大火の際に社の脇の池からタニシが続々とはい出して社殿にびっしり張り付き、火から守ったという伝承がある。湧いて出るなら、気味の悪いグンカではなく献身的なタニシがありがたい。
【メモ】駅の北口に出ると、巨大なドーナツのようなモニュメントが目に入る。「音楽都市墨田区」を象徴する二つのヘ音記号だという。