宮本輝氏選「第57回北日本文学賞」(副賞100万円)は東京都の主婦、水上朝陽(あさひ)さん(52)の「寡黙な子どもとお守り」に決まった。選奨(同30万円)には北海道小樽市の無職、真野光一さん(75)の「沃野(よくや)」、大阪市の接客業、平石蛹(さなぎ)さん(25)の「渦の底から」が選ばれた。国内外から958編が寄せられ、地元選考委員の林英子(第3回北日本文学賞受賞者)、八木光昭(元聖徳大教授)、吉田泉(県芸術文化協会名誉会長)、加藤健司(山形大教授)、近藤周吾(富山高専准教授)、高瀬紀子(第47回北日本文学賞選奨受賞者)の6氏と関口北日本新聞社生活文化部長が最終候補作6編を絞り込んだ。贈呈式は28日、富山市のANAクラウンプラザホテル富山で行い、正賞の記念牌(はい)などを贈る。
■入賞
「寡黙な子どもとお守り」 水上朝陽(みずかみ・あさひ)さん(52)
東京都、主婦
■選奨
「沃野(よくや)」 真野光一(まの・こういち)さん(75)
北海道小樽市、無職
「渦の底から」 平石蛹(ひらいし・さなぎ)さん(25)
大阪市、接客業
■候補作品
「おはりこ」 山本郁人さん(24)
埼玉県松伏町、会社員
「少し後ろの的」 積本(つみもと)絵馬さん(49)
群馬県富岡市、司法書士
「雪男の足跡」 すずきあさこさん(44)
千葉県浦安市、設計業
■年齢越えた心の交流 初めて書いた小説/入賞・水上朝陽さん
生まれて初めて書いた小説で北日本文学賞に選ばれた。受賞の一報に「書き上げることだけが目標だった。まさか選ばれるとは思わなかった」と驚きを口にする。
受賞作は大学2年生の青年朝陽(あさひ)が主人公。姉の影響で始めた子育てボランティアで小学2年の蓮(れん)に出会い、週に1度塾の送迎を担当するようになる。玄関に置かれた大量のごみ、すぐ近くで別居する父親、若い男性の影がちらつく謎めいた母親。どこか問題がありそうな蓮の家庭を横目に、朝陽は無口な蓮と少しずつ心を通わせていく。
朝陽は蓮の環境に疑問を覚えながらも、深入りすることなく、できる範囲で蓮と関わろうとする。そんな朝陽には、中学の頃に不登校になった姉の美優(みゆ)がいる。
「人にはそれぞれ考え方や生き方、価値観がある。自分と違うからといって責めるのではなく、相手のあり方を受け入れ、寄り添うことから始まるということを描きたかった」。それぞれの事情を抱えながら、年齢の壁を越えて心のつながりを模索する2人の姿を軽やかな筆致でつづった。
小説を読むのが大好きで、幼い頃は「ゲド戦記」「ナルニア国物語」などのファンタジーに夢中になった。最近は英国人作家カズオ・イシグロさんの作品を愛読。職場の後輩がファンタジー小説を書いていたことに刺激を受け、いつか小説を書きたいという思いを募らせていた。昨春退職して時間の余裕ができたことから、初めて筆を執ったのが本作だ。
子育てボランティアの研修を受けたことに着想を得た。研修に参加したのは、自身も含め子育て経験のある女性が多く、男性はごくわずか。中でも大学生はおらず、「もしここに男子大学生がいたら面白いんじゃないか」と想像を膨らませた。
「男子大学生にできるボランティアの内容は何だろう」「もしその大学生が不思議な小学生に出会ったらどうするだろう」。連想をつなげて3日間で骨組みを書き上げ、約1カ月かけて完成させた。「主人公が書いた手記のようにしたい」との思いから、ペンネームは主人公と同じ「水上朝陽」にした。
「こういう時代だからこそ、人との関わり方を考えていきたい」と言う。人と人のつながりを阻むようなコロナ禍によって生きづらさを抱えがちな現代。朝陽と蓮のかすかだが確実なつながりは、読む人に爽やかな風を吹き込む。
「この子たちの物語の続きも書いてみたい」。受賞を機に創作意欲がふつふつと湧き上がっている。(小山紀子)
◆プロフィル◆
みずかみ・あさひ 1970年神奈川県生まれ。大学卒業後就職し、2022年に退職。
■明日への希望重ねる/選奨・真野光一さん
北日本文学賞は別の筆名で過去3回、4次選考を通過した。選奨受賞の一報を受け「妻と手をたたいて喜び合った」と話す。
受賞作は九州にあった実家の鉄工所を乗っ取られ、放火事件を起こした塔子が北海道の農機整備会社で働きながら人生をやり直そうとする物語。塔子の指導役を務めることになった男性社員の視点でつづった。道内の農機販売会社に、整備士として勤める次男に着想を得た。実際に整備工場や農場の様子も取材し、イメージを広げた。
ロシアのウクライナ侵攻も反映させた。戦火におののき、肥沃(ひよく)な土地を追われたウクライナの女性や子どもたちの悲しみ、明日への希望を作中の塔子に重ねた。「鉄工所を乗っ取られた塔子のやり場のない怒りが、現地の人たちとどこか共通するのではないかと思った」。4カ月以上にわたって推敲(すいこう)し、無駄な言葉や表現を可能な限り削った。
10年前、札幌市の文化教室でノンフィクションを習っていた時、仲間の誘いで小説を書き始めた。選者の宮本輝氏の「泥の河」「螢川」などを読んで勉強し、公募文学賞で受賞を重ねてきた。「これからも読み終えた人の心に、何かがともるような小説を書きたい」と意欲を語る。
◆プロフィル◆
まの・こういち 1947年高知県生まれ。日本大卒。無職。元自衛官。2015年木山捷平短編小説賞、16年やまなし文学賞佳作、19年ちよだ文学賞、湯河原文学賞受賞。
■今だから書ける作品/選奨・平石蛹さん
初の応募で選奨に輝いた。原稿用紙30枚に収めることに苦心し、締め切り間際まで推敲を重ねた。「小説を書き始めてからずっと、北日本文学賞に挑戦したいと思っていた。『今年こそは』という思いで臨んだ」と語る。
受賞作は新型コロナの影響で勤務先が倒産し、アルバイト生活を送る20代女性がホームレスの男性と心を通わせる姿を描く。男性につらい胸の内を打ち明けると、将棋の駒で運試しすることを持ちかけられる。「コロナ禍の今だから書ける作品に仕上がったのかなと思う。不遇な時でも、前向きになれるきっかけが身近に転がっているということが伝わればうれしい」と言う。
物語の要となる将棋は小学生の頃、同居していた祖父と指したことがある。当時の記憶をたぐり寄せ、面白さを随所に取り入れた。「贈呈式には、ぜひ祖父と一緒に出席したい」と喜ぶ。
5年前、小説の執筆を始めた。大阪市で働きながら、時間を見つけて創作している。公募文学賞には10回ほど挑戦し、昨年は二つの賞で候補作に選ばれた。今回の選奨受賞を受け、プロ作家を目指す気持ちがより強くなったという。「これからも自分自身が読みたいと思うものを、時間をかけて書いていきたい」と話した。
◆プロフィル◆
ひらいし・さなぎ 1997年京都府生まれ。接客業。2022年女による女のためのR―18文学賞候補、ちよだ文学賞候補。
■2月5日に入賞作ラジオ朗読 選奨は1月8、9日に掲載
ラジオ朗読番組でも受賞作を紹介します。入賞作「寡黙な子どもとお守り」はKNBラジオで2月5日(日)午前11時から、選奨の2作は2月11日(土)午後3時から富山シティエフエムとエフエムとなみで放送します。
選奨作「沃野」は1月8日(日)、同「渦の底から」は同9日(月)に全文を掲載します。