宮本輝氏の選評

宮本輝氏(写真)
宮本輝氏(サイン)

果敢に切り込む気概を

 四十九回目になる今回の北日本文学賞の最終候補作六篇は、例年とは少し異なって、奇をてらったり、小細工に走ったりする作品はなかったといっていい。

 これは決して喜ぶことではない。墨に七色ありという水墨画の行きつく境地に至っていないのに、ただ淡彩であることでよしとする風潮が北日本文学賞に生まれたとしたら、ひとえにわたしの選考者としての態度にかたよりがあったと言わざるを得ないからだ。

 私はつねに応募者に煩雑さや複雑さや作り物を戒めてきたが、それは誰もが見落としてきた事物に果敢に切り込んでいく挑戦の意気を封じるためではない。文学賞に応募する人たちには、いつもひとりで果敢に未知の領域に突進する気概を持ってほしいと思う。

 そういう不満を抱きながら私が受賞作に選んだのは森田健一氏の「風邪が治れば」である。

 両親の離婚によってずっと母親と暮らしてきた少年の視点で、再婚することになった母親とその相手と、いまも交流のある父親とのつかのまの時間を切り取っている。

 波風のない、自然な成りゆきではあっても、原因と結果のあいだには、それを結びつける触媒としてのなんらかの縁が大きな働きをするのだが、この小説では風邪にその役割を担わせた。それぞれの風邪が治ったら、それぞれの新しい人生が始まっていく。

 咳(せき)が出る程度の風邪ではあっても、少年にとっては重要な意味を持ってくる。森田氏は、そこのところを大上段にではなく、実直すぎるほどの変哲のない筆致で描いた。そしてそのことによって後味のいい、ひとつの具体的な人生を読者に提供した。

 選奨の三原てつを氏の「空の味」も父親を失踪というかたちで失った兄弟が主人公である。なによりも描写力がある。ふたりは、似た境遇の少女と知り合うが、親の都合で生き別れるという、こどもにとっては不条理な状況におけるよるべなさがよく書けている。

 最後の「早く大きくなろうな」というひとことを減点とするかどうかは微妙なところだが、私は減点とした。

 もうひとつの選奨作、井岡道子氏の「色挿し」は京友禅の職人である女性が主人公で、その題のままにひそやかなセクシュアリティーを沈めた作品だ。彼女がひとつひとつ筆で描いていく花びらは、そのまま彼女のなかの発熱であって、短篇としてはそれで充分なのに、悉皆屋(しっかいや)の男との鴨川での危うい時間は性急であり唐突すぎる。悉皆屋…。懐かしい職業で、どう読むのかさえも知らない人が多いことであろう。

 千野嶺一氏の「空を仰げば」は、描写にも文章にも見るべきものがあるが、小説そのものの中身が薄いのだ。

 林香氏の「なまえ」は長良川で鵜匠(うしょう)を目指すことになった青年がその素質を父親から受け継いでいたことを知ることで、血の不思議を書こうとしたようだ。しかし、鵜匠の修業過程をはしょり過ぎている。こういう職人技の世界は、そこを書き込んで初めて成立するのにと思う。

 越まろい氏の「山茶花(さざんか)、三つ四つ」は、あまりにも題が悪い。家出した息子からの金の無心に応じてやろうとする老いた母がよく書けているだけに、題の悪さが余計に目立った。