受賞者インタビュー

今後も家族テーマに

入賞・森田 健一さん

森田 健一さん(写真)

自宅近くの公園で受賞作について語る森田さん=東京都足立区

プロフィル

もりた・けんいち 1967年東京生まれ。明治学院大経済学部卒。大手電機メーカーの関連会社でシステムエンジニアを務めたほか、経理や資材の調達部門でも勤務。3年前に退職し、小説の創作に打ち込んでいる。

 淡々とした文体に、温かさと優しさがにじみ出る。少年と両親、それぞれの心の動きを丹念に描写し、親子の間で固く結ばれた絆を浮かび上がらせた。

 主人公は中学入学を前にした小学6年の男児。親の離婚と再婚に戸惑いながらも、気丈に生きていく。物語には「悪者」が登場しない。離婚の背景にさまざまな事情があるにせよ、あえて書かず、読者の想像に任せることにした。「伝えたかったのは、善き人たちのつながり。目には見えない家族の絆を感じ取ってもらえればうれしい」と言う。

 離れ離れになった親子が「風邪」を介してつながり、治れば新しい生活に踏み出す-。最終盤のシーンは念入りに構想を練った。「善き人たち」と関わり合いながら、少年は新しい一歩を踏み出す。「子どもにはどんなにつらくても、前に進もうとする力がある。僕自身、この作品を読み直すと、背中を押してもらえるような気がする」と笑顔を見せる。

 本格的に小説を書き始めたのは3年前。20年勤めた会社を辞めたころだった。生活の糧を得るためにはどうしたらいいか-。思いついたのは小説の執筆だった。バンド活動をしていた大学時代、作詞をした経験がある。言葉で自分の思いを伝えることに関心があった。

 公募の文学賞を調べたところ、「北日本文学賞」が目に留まった。2012年夏に初めて書き上げた作品を応募したところ、4次選考を通過。その翌年も4次選考まで残った。

 3度目の挑戦となった今回は入賞を目指し、これまで以上に慎重に言葉を選んだ。ピュアな主人公の思いは、平易な言葉でなければ伝わらないと思った。1カ月かけて物語の骨格を固め、一気に書き上げた。

 20年ほど前に父親を亡くし、都内の団地で70代の母親と2人で暮らしている。定職はなく、サラリーマン時代の蓄えを切り崩してやり繰りしている。幼いころからの足の障害に加え、最近は腰痛もひどくなり、遠くへ出掛けるのも難しくなったという。そんな生活の中でも、常に前を向いて生きていられるのは「プロの小説家になる」という目標があるからだ。

 「受賞の知らせを聞いて、『まだ小説を書いていてもいいよ』と言われた気がする。北日本文学賞の名に恥じぬよう、家族をテーマにした心温まる作品を一編でも多く紡ぎたい」

踏み出す勇気伝える

選奨・井岡 道子さん

井岡道子さん(写真)

いおか・みちこ 1950年愛媛県生まれ。成安女子短大卒。

 2006年から毎年のように応募を続け、09、10年は4次選考まで進んだ。今回が6回目の挑戦で「ようやく選奨を手にすることができた」と声を弾ませる。

 主人公は、反物に友禅の色挿しをする40代の職人の女性。染色業を仲介する悉皆(しっかい)屋の男性との出会いが、恋に奥手な女性の生き方に変化をもたらす。「恋愛下手で気付いたら年老いていた、という同世代の友人が結構いる。一歩踏み出す勇気を伝えたかった」と打ち明ける。

 京都の短大でグラフィックデザインを学んだ。広告代理店やデザイン事務所を経て30代で独立し、上京した。50代になり、何か新しいことに打ち込みたくなった。ある時突然、小説を書こうと思い立ち、カルチャー教室に通った。

 これまでは実体験を小説に仕立ててきたが、応募作は、染色を仕事にする友人に取材した。「うそと本当を織り交ぜて書くのが楽しい。深いテーマも易しい言葉で描きたい」

前に進む姿表現

選奨・三原 てつをさん

穐山 定文さん(写真)

みはら・てつを 1952年大阪府生まれ。中之島美術学院卒。

 小説を書いて2年。自分の力を試そうと、6作目を初めて公募の文学賞に出した。

 「空の味」は、小学生の兄弟と、偶然出会った女の子との交流をみずみずしく描いている。兄弟も女の子も、親の失踪や離婚で寂しさを抱えている。3人が協力して公園に咲くツバキを摘み、その蜜を吸うシーンは印象的だ。「悲しみの一瞬を捉え、向き合うことで前に進もうとする姿を表現したかった」と話す。

 漫画家を目指し、美術系専門学校に進学。沖縄や東京での生活を経て、30代で滋賀の半導体設計会社に入った。当時は出勤前に映画を1本見るのが日課だった。

 定年退職した2年前から大阪文学学校に通っている。「人は何でもないことに支えられて生きている。だからこそ、ちょっとした一言や優しさが大切」。小説にはいつも、そんな思いを込めているという。選奨の知らせに「自信になった。試行錯誤を重ねながら書き続けたい」と喜んだ。