宮本輝氏の選評

宮本輝氏(写真)
宮本輝氏(サイン)

才 筆

 うわべだけで評価すれば、受賞作となった沢辺のらさんの「あの夏に生まれたこと」の小説的技量は決して高くはない。その点に関しては選奨となった二作のほうが上だといってもいい。

 しかし、「あの夏に……」はわずか三十枚という限られた枠のなかで多くの人物にそれぞれの役割を与えて、それらを活(い)かし切って、後味の良い結末へと読む人を導いていく。

 それは技量を超えた短篇(たんぺん)小説だけの手柄だが、作者の人間的な成熟が基盤になければ為し得ない技だと思う。何気ない挿話の奥に、人間の生身の一瞬の閃(ひらめ)きを見せて、語り過ぎずにひとつの世界を創りあげている。

 ことしも優れた受賞作を得たと思う。

 青山恵梨子さんの「夏至の匂い」を受賞作にすることも考えたが、この三十枚をはたしてどれだけの人が最後まで読んでくれるかという点において、私はいささか躊躇(ちゅうちょ)せざるを得なかった。

 たったの三十枚とはいっても、本気で読み始めると意外に長いものだ。「夏至の匂い」は、作者の二十四歳という年齢と思い合わせるとじつにうまい。描写に重点を置いて説明しない技は、とても二十四歳とは思えない。

 しかし、小説を読ませるための、大道芸人に譬(たと)えると「呼び込み」を作ることを忘れている。だからおそらく、多くの読者は、この小説の世界に入りきらないうちにページを繰るのをやめるだろう。

 だが、選者によっては、そこがいいのだと高く評価をするかもしれない。

 私はこの小説の曖昧(あいまい)さを、「抑制と省略」による高度な行間とは受け取れなかった。何を読む人に訴えたいのかを、その最も核となるものを、作者は言語化できなかった。あえてしなかったのではない、と考えて、惜しいなと迷いながらも選奨作とした。だがいずれにしても、青山さんには才がある。これからをとても楽しみにしている。

 越智絢子さんの「ガーデン」は、「夏至の匂い」とはまた別の才筆が光っている。越智さんも二十四歳で、緞帳(どんちょう)が上がるとガーデンが忽然(こつぜん)とあらわれて、その前で人間が静かに動く別世界を創ろうとした。別世界であるために、文章はペダンチックにならざるを得なかった。ナルシシズムが伴うのも必然であったことだろう。だがそのふたつの邪魔物を、二十四歳とは思えない文章力で乗り切った。

 けれども、乗り切った先に何があらわれたかといえば、緞帳の降りない舞台だけで、役者のいなくなったガーデンを、観客は首をかしげて見入り、何のことやらわからず帰るしかない。

 そういう小説ではあるが、私は越智さんの文章力を買って選奨作とした。書きつづけてほしい若者のひとりだと思う。

 小寺紀美代さんの「トマトの力」にも私は惹(ひ)かれたが、認知症の老人を介護する女性と、主人公とが、互いに涙にくれる場面がすべてを陳腐にしてしまった。

 山下一味さんの「雪の穴」は、これまでによくテレビドラマで見せられた素材だし、新山徹さんの「かたわらの花」は、何を小説の中心としているのかわからなかった。