2011年小学3・4年生入賞作品発表

最優秀賞

小矢部市立石動小学校 3年 西 帆波(にし ほなみ)さん

人の気持ちをつなぐ新聞
「新聞」について思うこと

 今年の7月8日のこと。新聞の「読者のひろば」というコーナーを見ていて、「ツバメ」という字が目にとびこんできました。私は小学校1年生の時からツバメのかんさつをしています。だから、その記事がとても気になって、お母さんに読んでもらうことにしました。
 記事の題名は『ツバメがおそわれた』私はちょっとこわくなりました。でも、ゆう気を出して聞きました。こんなことが書いてありました。
 ツバメが家にやってきて、かわいいヒナが生まれたこと。そのヒナの成長を楽しみにしていたこと。そして、もう少しです立ちだというところで、何かにおそわれてしんでしまったこと。そのことがとてもかなしいこと。
 私は、はっとしました。この1カ月位前、私の家でも同じことがおこったからです。そして、自分のほかにも、ツバメがしんでかなしい気持ちの人がいることを知ったからです。
 私はさっそく、その記事を書いた「山東さん」という方に、おへん事を出すつもりで、新聞社に作文をおくりました。
 すると、何日かして私の作文が、そのコーナーにのりました。私は作文が新聞にのったのははじめてだったので、とてもびっくりしました。
 びっくりしたのはそれだけではありません。何と、山東さんからお手紙がおくられてきました。山東さんも私の作文を読んで、うれしかった、と書いてありました。
 私は、「新聞って、ふしぎだな。」と思いました。顔も名前も知らない人と、気持ちを分け合えるからです。新聞は、人と人とを「同じ気持ち」で、つなげるやく目があるのかも、と思いました。
 私は新聞に「ありがとう」と言いたいです。
 

優秀賞

立山町立立山中央小学校 3年 高浦 和奏(たかうら わかな)さん

みんな元気で ずっといっしょに
北日本新聞 8月2日付け「北日本新聞納涼花火 大輪に希望託す」の記事を読んで

 8月1日に、わたしは、家族みんなで花火を見に行きました。大きな花火がドーンドーンとあがって、とってもきれいでワクワクしました。次の日の新聞に花火大会の記事が出ていたので、お母さんと一しょに読みました。
 記事を読んで、心にのこったことは、さとうくんの「いつかもどって友だちと会いたい」という言葉です。東日本大しんさいや原発のじこで、たくさんの人たちが、家族や友だちとはなればなれになってしまって、さびしいだろうなあと思いました。
 びっくりしたこともあります。富山大空しゅうの話です。日本がせんそうをしていたことは知っていたけど、富山にもばくだんが落とされたなんて知りませんでした。そこで、おじいちゃんに聞いてみました。
 わたしのおじいちゃんが、小学校1年生のときだったそうです。富山に、ばくだんをつんだひこうきが、たくさんとんできて、ばくだんがもえながらヒューヒュー落ちてきて、富山の空が一ばん中、まっ赤にもえていたそうです。たくさんの人がにげた神通川にもばくだんが落とされて、死体がたくさんういていて、水もねっとうみたいにあつくなったそうです。おじいちゃんのいとこの3さいの男の子は、にげているとちゅうに、ばくだんにあたって、やけ死んでしまったそうです。あつかったろうな。いたかったろうな。こわかったろうな。
 しんさいも、せんそうも、もうおきてほしくないです。じしんは、とめられないけど、せんそうは、わざとすることだから、みんなで「ダメだよ。やめよう!!」と言いたいです。
 来年の花火大会は、わたしのだいじな人たちが、みんな元気で、ずっといっしょにいられるように、おいのりしながら見たいです。

優秀賞

高岡市立万葉小学校 3年 宮本 佳果(みやもと けいか)さん

新聞とわたし
「新聞」について思うこと

 わたしの家には、大切にとってある新聞紙があります。その新聞紙は、わたしが生まれた日の新聞と、わたしが生まれて名前がのった新聞と、コンクールで入しょうしてわたしの名前がのった新聞と、ひいおじいちゃんがのった新聞です。
 お母さんは、ひいおじいちゃんの新聞を手ちょうにはさんでいます。お母さんは、
「ひいおじいちゃんの新聞を見たら、まじめにこつこつがんばらんなん気持ちになるわ。佳果もまじめにがんばられ。」
と言いました。
 ひいおじいちゃんは、わたしが生まれた時には、しんでいなかったけど新聞には、ごくろうさま白口さん、むけっきんで43年間と書いてありました。それを見てわたしは、病気でしごとを休まないでがんばってすごいなあと思いました。
 夏休みに月をしらべることにしました。毎日、月を見ますが、雲があって月が見えない日があります。でも、新聞に月のことがのっているから大じょうぶです。朝、げんかんに新聞をとりに行って、ちょきちょきとはさみで月の部分を切ってはりつけます。
 今まで、わたしは新聞を見なかったけど、毎日、月の部分を見るのが楽しみになりました。
 新聞は、がんばった人のことや月のこと、テレビのことなど何でものっています。すごいなあと思います。新聞は、むずかしい出来事とかものっていますが、新聞を見たいと思います。
 そして、わたしも大切にとっておく新聞を見つけたいです。
 

奨励賞

富山大学人間発達科学部附属小学校 4年 梶崎 泰佑(かじさき たいすけ)くん

新聞の力
「新聞」について思うこと

 ぼくは毎日、新聞がとどくのを、とても楽しみにしています。
 特に楽しみにしている記事は、スポーツの野球の記事です。試合の結果や大好きな選手の様子などが分かります。ほかにもたくさんの情報が分かります。ぼくは、新聞の中からいろんな事を知って、家でざつ学王とよばれるようになりました。
 けれど、この新聞がとどかない事が起こりました。今年の3月11日に起こった、東日本大しんさいです。
 新聞、テレビ、情報を伝える物が、なくなってしまいました。
 そんな時に、石まき日日新聞の方が、次の日からかべ新聞を作った話を聞きました。
 印さつのロール紙を切りとって、かい中電灯の光をたよりに
「電気はないが、紙とペンがある。」
と、自分の家族がどこにいるかも分からないけど、取材を続け、書かれたそうです。
 ぼくは、すごいと思いました。そして、どうしてそこまでして、かべ新聞を書いたんだろうと思いました。
 初めは、ぼくには想像がつきませんでした。けど、いろいろ考えていると、それは、ひさいされた人達の事を思いやって書かれたのだと思うようになりました。
 ひさい地の方々は、今の状きょうが分からないので、とても不安だったと聞きました。ぼくも、今どうなっているか分からない時、とても心配になるからです。なので、周りの様子や情報を知らせ、安心感をとどけたかったんだと思いました。
 ぼくは、不安の心を安心にかえてしまう新聞の力って、すごいと思いました。
 そんな新聞の力に感しゃしたいです。
 

奨励賞

黒部市立三日市小学校 4年 長谷川 翔一(はせがわ しょういち)くん

北日本新聞 7月26日付け「新・最終処分場着工遅れ」の記事を読んで

 ぼくは、社会科現地学習で宮沢清掃センターを見学したことがある。集められたゴミはとても多かった。細かく切ったり、とかしたりして、できるだけ小さく処理するけれど、ゼロになることはぜったいにない。平成2年にほられた埋め立て用の大きなあなも、もうすぐ満ぱいと聞いて、「どうしよう。こんなスピードでゴミがたまると、次のあなを作っても、またすぐに満ぱいになってしまうぞ。」と、心配になった。
 記事の中で、新しい最終処分場の事業費は22億とあり、おどろいた。清掃センターのゴミを小さくする処理にも、1年に1億6千万もかかっているのに、埋め立てにも、こんなにかかるなんて。気軽に物を買ったりもらったりし、簡単にゴミとして捨てている事が悪い事に思えた。
 もう一つ、地元の住民の方たちの不安も知った。ぼくたちは、いらなくなった物をゴミの日に出せば、ゴミは目の前からなくなって、ゼロになった気持ちでいる。でも、埋め立て地の近くに住む人や、山の動物たちにとったら、まち中のゴミが自分たちのくらしに近づいてくることになる。
 東北の大震災の後、日本中が本気で節電に取り組まなければならなくなった。電力の無駄使いは、もうゆるされない。ゴミを減らす工夫も、リサイクルの仕方も、みんな知っているけれど、本気で取り組んでいないように思う。今度は、大変なことになる前に、日本中がゴミをふやさない生活にきりかえたい。

奨励賞

富山市立東部小学校 4年 堂本 千尋(どうもと ちひろ)さん

北日本新聞 7月26日付け「7月の空襲忘れない」の記事を読んで

 「7月の空襲忘れない」という記事を読んで、私は8月の富山大空襲のほかに7月にも空襲があった事を初めて知りました。
 富山大空襲の死者は、2700人以上で、富山市のほとんどがもえたそうです。おじいちゃんから「耳をつきやぶる音がひびいて、富山のまちが火に包まれ、必死でくま野という所へにげた。」と聞きました。神通川では、大ぜいの人が亡くなられたそうで、担任の先生から「8月1日の花火大会は、空襲でにげて亡くなった人の霊をなぐさめるために始まったんだよ。」と教えてもらいました。
 7月の空襲は、死者63人で、4発しか爆弾が落とされませんでした。富山大空襲に比べて被害が少なかったため、富山の人でも空襲の事を知る人は少ないそうです。
 さらに、私が驚いた事は、この空襲が広島と長崎に落とされた原爆に関係があった事です。爆弾は「模擬原爆」といわれ、長崎に落とされた原爆と同じ大きさでした。空襲の目的は、目標地点に爆弾を落とす事と、落とした後にすぐに逃げる事を訓練するためでした。広島や長崎から遠くはなれた富山でも、原爆に関係する被害で多くの人が亡くなった事を知り、悲しい気持ちになりました。そして、このことを絶対に忘れてはいけないと思いました。
 この記事のほかにも、私の知らない戦争の被害があるはずです。私は、戦争の事を忘れないで、戦争の悲さんさを分かりあえるように、戦争についてもっとくわしく知りたいと思いました。

入選

富山市立太田小学校 4年 小谷内 萌花(こやち もえか)さん

北日本新聞 6月14日付け「あの日から」の記事を読んで

 6月14日の北日本新聞に、東日本大しんさいでひさいして、福島県南相馬市から富山市にひなんしてきた「星山とくやさん」の記事がのっていました。星山さんはじしんから4日後、お母さんといっしょに車に乗って、着の身着のまま富山市にひなんされたそうです。
 新聞の記事には、ひさい者はいつでも無料で入浴できるサービスをしている「まん天の湯富山店」の事が書いてありました。星山さんはお母さんといっしょに、ほぼ毎日そのおふろに通っているそうです。記事に写っている星山さん親子のえ顔を見て、わたしまで温かい気持ちになりました。
 ある日、毎日同じ黒いジャージを着てやってくる星山さんにスタッフの方が、みんなできょう力して持ちよった洋服をプレゼントしたそうです。わたしは、自分と同じ富山に住んでいる人が、こまっている人を助けている事を知ってとてもうれしくなりました。
 星山さんは「いつか必ずお母さんを福島に帰してあげたい」と思い、お金をためるためにべん当工場でアルバイトを始めたそうです。星山さん自身も、大変な思いをしているのにお母さんの事を一番に考えてあげていて、親孝行だなあ、と思いました。
 わたしはこの記事を読んで、「わたしが今できること」について考えました。そして思いついたのが「節電」でした。ひさいして、今大変な思いをしておられる東北の方を想い、今年の夏は家族三人で節電にとり組みました。東北にえ顔がもどるまで、日本がふたたび元気になるまで、「これで終わり」ではなくて、これからも自分ができる事を考えて、行動にうつしていきたいな、と思います。

入選

入善町立桃李小学校 4年 水島 優花(みずしま ゆうか)さん

忘れない、おそろしいもぎ原ばくと空しゅう
北日本新聞 7月26日付け「『あの夏』戦争とやまの証言者 7月の空襲忘れない」の記事を読んでs

 「ちいちゃんのかげおくり」や「一つの花」を学習したり、原ばくや東京空しゅうの話を聞いたりしていましたが、私が住んでいるこの富山に空しゅうがあったことを初めて知り、おどろきました。
 国はちがっても同じ人間同士。なぜ、殺し合えるのか。その先に何があり、何がえられるのか。戦争を知らない私には理解できません。ばくだんは、大切な命を「あっ」という間にうばうおそろしいものなのに、どうしてこんなひどいことができるのでしょう。私は悲しい気持ちでいっぱいになりました。
 66年前の夏、8さいだった福井さんの目には一生忘れることのできない地ごくのような光景が広がっていたそうです。「戦争を記録する会」のおかげで、「なぜ、田んぼしかない場所にばくだんを落としたのか」が分かりました。「もぎ原ばく」だと知った私は、本当にはらが立ちました。
 どうして、原ばくを落とす練習のためにたくさんの方がけがをされたり、命をうばわれたりしないとならなかったのでしょう。
 この空しゅうも、8月2日の富山大空しゅうも、私たちは、決して忘れてはいけないことだと思います。
 福井さんは忘れ去られてしまうことを心配しておられましたが、私はこの記事を読んだことを決して忘れられないと思います。
 今もいろんな国でテロや戦争が行われ、多くの人の大切な命が失われています。私は、世界中の人々が笑顔で安心してくらせる平和な日が早く来ることを願っています。
 私は、たった一つしかない命を大切にして、毎日、平和にくらせる事に感しゃし、優しい人になりたいと思います。

入選

氷見市立明和小学校 4年 瀬戸 恵理沙(せと えりさ)さん

長野飯山 被災地へ向き変える
北日本新聞 6月26日付け「お地蔵さん地震から住民守った」の記事を読んで

 3月12日の長野県の地しんで、お地ぞうさんがむきを変えたという記事を読んで、わたしはびっくりしました。
 高さが、やく65センチで、200年前のお地ぞうさんなのに、たおれないできれいに栄村の方角に、向いたので不思議です。
 強い地しんだったのに、死者が出なかったのは、ほんとにお地ぞうさんが、守ってくれたおかげだと思います。
 不思議な事だけど、すごい話で、わたしは「かさじぞう」の昔話を思い出しました。
 心やさしいおじいさんが、お地ぞうさんにかさを、かぶせてあげてそのおんがえしに、お地ぞうさんが食べ物を、家までとどけたお話です。
 毎日、暗いニュースが多いけど、お地ぞうさんのお話は、心があたたまります。
 このお地ぞうさんのお話も、本になればいいなと思います。そして、たくさんの人達が本を読んだら、いいです。
 きかいがあれば、わたしもお地ぞうさんを見に行ってみたいです。

入選

砺波市立出町小学校 4年 高畠 誠也(たかばたけ せいや)くん

目指せ! きれいな川
北日本新聞 7月29日付け「黒部川水質16位」の記事を読んで

 ぼくは、7月29日の北日本新聞を読んでいて、黒部川の記事にきょう味をもちました。
   なんできょう味をもったかというと、4年連続で全国1位だった黒部川が、16位になってしまって、なんでだろうと思ったからです。
 この記事を読んで感じた事が、三つあります。
 一つ目は、黒部川の水が少しよごれてきているので悲しくなりました。
 二つ目は、黒部川が4年連続で全国1位になっていたので、びっくりしたし、うれしくなりました。
 三つ目は、ワースト5に入っている川の近くに住んでいる人達は、かわいそうだなと思いました。
 ぼくは、4年生の1学期に上下水道の事を勉強して、水は自分達が生きていくために、かかせないものだと分かりました。
 ぼく達が住んでいる富山県は、水がほうふで、おいしい水だとお母さんに教えてもらいました。
 だから、川を大切にしていきたいなと思いました。
 川がきれいだと、魚や生物がたくさんふえて自ぜんがゆたかになるし、川の近くに住んでいる人達も気持ちよくくらせるようになると思います。
 これから、川をよごさないように、日本のみんなが、がんばればよいと思います。
 次の「きれいな川ランキング」で、全国の川が1位になってほしいです。
 みんなできれいな川を目指しましょう。